『葬送のフリーレン』を読み解くキーワード 登場人物たちが口にする「くだらない」の意味とは?
「くだらない」過去を思い出す勇者一行
第11話「村の英雄」にて凱旋したアイゼンは魔王討伐の旅を「くだらなくて/とても楽しいものだった」と振り返っていたことがシュタルクから明かされる。
アイゼンが“くだらなくて”と振り返るのは「かき氷を出す魔法」ではしゃぐといった、魔王討伐と関係のない過去を思い出しているからだろう。しかし「くだらん」と発した過去は、未来で「とても楽しいもの」へと変化した。
そんなアイゼンとともに、フリーレンも旅の道中でくだらない過去を思い出す。銅像をつくる際にヒンメルがポーズに18時間悩み、職人のおじさんをブチギレさせたこと。フリーレンのスカートをめくったこどもに、ヒンメルが「何やっとんじゃクソガキィィッ!!」と声をあげたことーー。この文章を記しながら口角が緩んでしまうほどに、そのどれもがくだらない過去ばかり。
フリーレンが再び旅立ったときには、勇者一行が凱旋してからすでに50年が経過している。長い時間が経ってもくだらない過去を鮮明に思い出せるのは、フリーレンにとって印象深い思い出だからであろう。現にヒンメルが18時間悩み職人のおじさんをブチギレさせた過去を思い出す、フリーレンの表情はとても柔らかい。
勇者一行が魔王討伐の旅から帰還するシーンからはじまる本作の第1話。冒頭7ページ目で描かれるのは、旅立ちの日に王様にタメ口をつかってしまい処刑されそうになったこと、僧侶・ハイターが二日酔いで冒険の役に立たなくなったことなど、くだらない過去で盛り上がる勇者一行の姿であった。回想後にヒンメルは一呼吸を置いて「まったく。クソみたいな思い出しかないな」とこぼしている。
本作の編集担当・小倉氏は、マンガ大賞2021の受賞式にて『葬送のフリーレン』をどのような作品として捉えているかという質問に対し、次のように答えている。
“(前略)少し掘り下げたところには前向きさや肯定感があると思っておりまして。(中略)前向きで、それぞれの感情や人生を肯定できるような感覚があるのかなと思っております。”(参考:マンガ大賞受賞「葬送のフリーレン」担当編集が語る思い「普遍的な感情が佇ずむ作品」)
傍から見たらくだらない。けれど本人にとっては大切な感情を抱いた思い出を、1人ひとりの人生を肯定してくれる『葬送のフリーレン』。ゆえに本作ではくだらない過去も鮮明に、丁寧に描かれるのだ。「とても楽しいものだった」と振り返るアイゼンや「クソみたいな思い出」とこぼすヒンメルとともに。
フリーレンたちの旅はこれからも続いていく。少々気は早いが、旅を終えたフェルンやシュタルクが凱旋し、くだらない過去を思い出しながら浮かべる、ふたりのやわらかな表情を目にできる日が楽しみでならない。