ネットを震撼させたギャンブル中毒漫画『連ちゃんパパ』ーー作者のありま猛による“意外な”人情物語を読む

『連ちゃんパパ』作者の意外な人情物語

 2020年、ある漫画がTwitterでバズった。ほのぼのとしたタッチの画風からは想像のつかない、ギャンブル中毒の男性が主人公のファミリードラマ『連ちゃんパパ』(ありま猛)である。

 そもそもこの漫画は1990年代にパチンコ雑誌で連載されていた作品で、単行本にならずに終わった。絶版と同じような状態で、ほとんど誰の目にも触れることがなくなっていたのだ。漫画などのエンターテイメント作品は、いつの時代にどんな媒体で出して、誰がどのような方法で拡散するかによって、読者の反響が異なる。連載終了から時を経て電子コミックになっても注目されなかった本作は、ある日、突如として日本中の注目を浴びた。

 作者の了承を得たうえで絶版漫画を無料で載せている「マンガ図書館Z」に掲載され、それを読んだ読者が感想を発信したことで、匿名掲示板やSNSで話題になり、閲覧数も跳ね上がった。一躍、作者のありま猛の名前も有名になった。今回は『連ちゃんパパ』の漫画評ではないので詳述はしないが、ぜひ読んでほしい。主人公や周囲の人のクズっぷりとほのぼのとした画風のギャップに誰もが驚かされるだろう。

 私はありま猛が漫画家として今も活動していることを知り、安心しながらも「ほかの漫画もクズと呼ばれる人間を題材にしているんだろうな」と思い、検索エンジンに名前を打ち込んだ。しかし電子コミックになったほかの漫画を読み始めたとたん、私は異なる意味で目が離せなくなってしまった。ほかのありま猛作品の中に、クズがいないどころか、心あたたまるハートフルな漫画が数多くあったのだ。

 ありま猛の、読んでいて幸せな気持ちになれる漫画はたくさん見つかった。『きっといつかは幸福寺』(秋田書店)、『船宿大漁丸』(辰巳出版/単行本発行は綜合図書)……。そして、もっとも私の心を惹きつけたのは『歓迎たけや旅館』(リイド社)だった。

ある旅館を舞台にした人情味あふれる物語

 この物語は、主人公の石根鉄也が家族のためにバーのマスターから旅館の従業員に転職したところから始まる。

 37歳で異業種に転職することは、30年ほど前は非常に珍しいことだった。旅館で働く人たちは鉄也をいぶかしむ。一方、鉄也も新たな職場で細かい要求をされることに戸惑っていた。しかしバーのマスターだった彼は接客が得意で、ホスピタリティが重視される旅館で客を喜ばせようと励む。それを目にした旅館の従業員たちは、鉄也を信頼するようになる。

 宴会のお膳立て、布団しき、雪の中の出迎え。すべて簡略的にしようと思えばできるが、「お客様が心地よく過ごせるように」を願えばそうはいかない。旅館の従業員の給料は、もちろんバーのマスターだったころより安い。しかし鉄也は、旅館という職場に自分のやりがいを見出していき、ほかの従業員やホテルの宿泊客の多様な人生に光を灯す存在になっていく。

 私にとって印象的なエピソードがある。4か月に1回は旅館を訪れる、常連の老夫婦の話だ。

 この仲の良い夫婦は従業員にも好かれていて、本人たちのいないところでは「おじいちゃん」「おばあちゃん」と親しみを持って呼ばれている。ところがその日、2名分で予約が入っているにもかかわらず、おばあちゃんが先に来た。彼女はにこにこしていて、いつもと変わらない様子だ。

 しかし、いつまで待ってもおじいちゃんが来ない。おばあちゃんに聞くと、おじいちゃんといっしょに来たでしょと穏やかに答える。心配になった鉄也は、老夫婦の息子に電話をかけて悲しい真実を知ることになる。

 こういうとき、自分が旅館の従業員だったらどうするだろうか。従業員の女性は、ふたり分の食事を前に、ひとりで夫といっしょにいるかのように話すおばあちゃんを見て、思わず部屋を出て涙を流す。きっと私も彼女のような行動をとるに違いない。

 仲の良い老夫婦は旅館の従業員の心を癒す存在でもあったのだ。鉄也は女性の従業員に代わって給仕をする。それはおばあちゃんに対する心遣いに満ちたおもてなしだった。それをきっかけにおばあちゃんの想いがあふれ出し、「おじいちゃんに逢いたい」と子どものように泣き叫ぶ。

 予想のつかない事態に対する最適解は存在しない。従業員と客という距離感を保ったまま、従業員はホスピタリティで客を満足させなければならない。その難しさを感じながらも、鉄也は自分のやり方でおばあちゃんに心をこめた接客をしたのだ。

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