旧ソ連の珍品「肋骨レコード」とは? ディスクユニオンのレコード・バイヤーによる解説本が面白い
いささか唐突ではあるが、「肋骨レコード」なるものをご存じだろうか。1940年代から1960年代の旧ソ連で密造された、なんとも怪しげな見た目のレコードのことだ。
当時のソ連では、西洋のロックやジャズは“退廃的な音楽”と見なされており、表立って聴くことはできなかった。だが、それでも、好きな音楽を聴きたい/所有したい、という人々の情熱を止めることはできなかった。
「肋骨レコード」は、そんなかの国のロックファンやジャズファンの想いに応えるために非合法で作られたものだが(“中身”は、国内での放送が禁止されていたソ連の音楽家や、エルヴィス・プレスリー、ビートルズ、ローリング・ストーンズといった、西側諸国の人気アーティストの音源である)――それらは、病院で廃棄された古いレントゲン写真に“溝”を刻み込み、ハサミで丸い形に切り取ったものであったため、当然、「盤面」には、肋骨だの、頭蓋骨だのといった、「人体の内部」が写り込んでいる。また、いずれも、数回針を落とせば聴けなくなってしまうような、脆弱なシロモノであったという。
ゆえに、完全な状態で残っている「美品」は少なく、また、見た目の面白さ(奇怪さ?)も相まって、現在、「肋骨レコード」はマニアの間で人気のコレクターズアイテムとなっているのだが、あらためていうまでもなく、当時のソ連でそれらを売買するのは命がけ――すなわち、逮捕や強制労働収容所送りを覚悟せねばならなかったのである。
有名バイヤーによる“レコード本”の名著
と、まあ、これはかなり極端な例だとは思うが、古今東西、“音楽なしには生きていけない”という人々が少なからず存在するのは間違いない。そして、サブスクやライブが“音楽との接し方”の主流になったいまでも、カセットテープ、CD、レコードなどの形で音を所有したい、という人々は一定数存在するのだ。
とりわけ「レコード・コレクター」と呼ばれる人々の喜怒哀楽を描いた本には、ブレット・ミラノ『ビニール・ジャンキーズ』、片岡義男・小西康陽『僕らのヒットパレード』、小西康陽・常盤響『いつもレコードのことばかり考えている人のために。』、戸川昌士『猟盤日記』、本秀康『レコスケくん』、毛塚了一郎『音盤紀行』(最後の2作はコミック)など、“名著”が少なくない(村上春樹の数あるエッセイの中でも、中古レコードを漁りに行く話が抜きん出て面白いと思う)。
先ごろ、辰巳出版より刊行された山中明の『アナログレコードにまつわるエトセトラ』もまた、そんな優れた“レコード本”の1冊である。
同書は、Webマガジン(「mysoundマガジン」)に連載された人気コラムをまとめたもので、著者はディスクユニオンの有名レコード・バイヤー。前述の「肋骨レコード」の紹介をはじめ、「オリジナル盤」に対するこだわりから、「独自ジャケ」や「没デザイン」の面白さにいたるまで、長年レコードに触れ続けてきた(そして、レコード市場の“現場”を知る)著者ならではの視点で、一冊まるごと熱い“レコード愛”が綴られている(レアな写真も多数掲載)。