手塚治虫『新寳島』初版本が720万円で落札、大英博物館も注目する「お宝漫画」は日本の重要文化財に指定すべき?
『新寳島』は重要文化財に指定すべきだ
記者の提案としては、ぜひともこのまんだらけ所有の『新寳島』を重要文化財に指定し、日本の博物館などが買い上げて永久に保存して欲しいと願う。国会議員の赤松健が漫画を使った外交に取り組んでおり、政府もクール・ジャパン(既に死語かもしれないが)と称してコンテンツの発信を図ろうとしているが、まずは国内で漫画の評価を固めることから始めるべきではないか。
文化財の指定対象といえば、仏像や日本画、刀剣などの古美術品のイメージが強いが、近年は意外な分野も多彩になっている。例えば映画のフィルムは3本、重要文化財に指定されている。指定が進めば、黒澤明のフィルムなども対象になるのは間違いない。建築にいたっては戦後の指定物件も増えてきたし、百貨店やトンネル、現役の吊り橋なども指定対象になってきた。ほかにも現在の銀座線を走っていた地下鉄の電車や、バスの車両、写真、船など、新しいジャンルの重要文化財が増えている。
問題は漫画が印刷物のため、この世に同じものが複数存在する点だ。つまり、ある漫画本を指定した後により状態が良いものが出てきた場合、指定し直すのか、という問題が生じる。あれほど海外で評価が高い葛飾北斎や歌川広重の浮世絵がほとんど文化財にならないのも、そのためという説がある。
以前に浮世絵を扱う美術館の学芸員に聞いたところ、「ある作品を重要文化財に指定したら後でもっと保存状態が優れる一枚が発見されたため、文化庁が指定を躊躇するようになった」という話を聞いたこともある。対して、他の学芸員は「浮世絵が評価されるようになったのは戦後、しかもずっと後で、まだ研究と評価が十分になされていないため」とも言っていた。
どちらが真相なのかはわからないが、「後から状態が良いものが出てくる可能性」と「評価が十分になされていない」のは漫画にも共通する問題であろう。そのうえ漫画の文化財指定は前例がないこともあって、当面難しいという見方もある。しかしここは、赤松や日本漫画家協会などが中心となって世論を盛り上げて欲しいと願うのだが。
漫画家の地位向上にもつながるはず
文化庁のウェブサイトには、こう書かれている。「建造物、絵画、彫刻、工芸品、書跡、典籍、古文書、考古資料、歴史資料などの有形の文化的所産で、我が国にとって歴史上、芸術上、学術上価値の高いものを総称して有形文化財と呼んでいます。国は有形文化財のうち重要なものを重要文化財に指定し、さらに世界文化の見地から特に価値の高いものを国宝に指定して保護しています」とある。
日本の文化史、美術史は、漫画抜きには語れない。まんだらけ前社長の辻中雄二郎は、「21世紀の日本で、漫画、アニメ、ゲームは日本の文化の土台になっています。その始まりがこの本(『新寳島』)だったのです」と語っているが、その通りだろう。しかも、重要文化財の中から「世界文化の見地から特に価値の高いもの」が国宝になるのだとすれば、『新寳島』は国宝になってもおかしくない存在だろう。
漫画から重要文化財が輩出されることで、ゆくゆくは漫画家やアニメーターの地位向上にもつながるだろう。創作物が芸術作品のひとつとして認められる道が開かれる、意義深い事業だ。その第一歩として、手塚治虫の『新寳島』の重要文化財指定は、大きな意味があると考える。なんらかの運動の輪が広がって欲しいと思う。