伝説のヤラセ番組「川口浩探検隊」の功罪とは? プチ鹿島「演出があるからこそ、やらなくてもいい真剣勝負をしている」
お笑いタレント/コラムニストのプチ鹿島による書籍『ヤラセと情熱 水曜スペシャル「川口浩探検隊」の真実』(双葉社)の刊行記念イベントが、5月18日(木)に代官山 蔦屋書店にて開催された。
『ヤラセと情熱』は、1970年代後半から80年代にかけて放送された、世界を股にかけて未知の生物や未踏の秘境を求めたテレビ番組『水曜スペシャル「川口浩探検隊」』について、同番組の大ファンだったというプチ鹿島が、膨大な資料の読み込みと関係者への取材によってその内実に迫ったノンフィクションだ。「双頭の巨大怪蛇ゴーグ」や「原始猿人バーゴン」といった謎の生物を捜索した同番組は、多くの視聴者から「ヤラセ」だと謗られながらも大人気を博した。時には「原始猿人バーゴン」の捕獲に成功する(!)など、その演出が過剰になることもあったが、しかし撮影現場はより過酷を極めているケースもあり、単なる「ヤラセ」として一笑に付すことのできない「テレビの本質」がそこにはある。
著者のプチ鹿島が、ファシリテーターとして朝日新聞『withnews』創刊編集長の奥山晶二郎氏、ゲストとして元探検隊員の小山均氏を迎えて行ったトークイベントの模様をレポートする。
今なお残る「川口浩探検隊」への葛藤
奥山晶二郎(以下、奥山):『ヤラセと情熱』を読んで感銘を受け、今日のイベントを企画しました。豪華すぎる布陣で、私も光栄です。プチ鹿島さんは、そもそもなぜこの本を著したのですか。
プチ鹿島(以下、鹿島):子供の頃、僕は「川口浩探検隊」が大好きで、実際に多くの人の心をワクワクさせた番組だと思うのですが、一方で「ヤラセ番組」とも言われてきました。でも、実際に彼らはジャングルに行っているし、その裏にはさまざまなドラマがあったはずで、僕はそれを知りたかったんです。本書にも記していますが、小山さんは「ヤラセ」と言われた「川口浩探検隊」に携わったことについて、今も胸がチクチク傷んでいるそうですね。
小山均(以下、小山):視聴者の中には「川口浩探検隊」を本気で観ている方も多くて、たとえば親族の集まりに行ったときなど「あの番組に出ているのすごいね」なんて言われるので、実際にやっていることのギャップから葛藤することは多かったです。当時は「実はあれは仕込んでいて……」とは言えないですから。
鹿島:関係者の多くは、取材の際に最初は警戒心を持たれて「みんなはどこまで喋ってるの?」と確認してくるケースが多かったです。でも、本書の趣旨が、単に当時のヤラセを告発するとかではないことがわかると、よくぞ聞いてくれたという感じで話してくださいました。小山さんは、大学や専門学校で講師をする際に、学生たちに「川口浩探検隊」の映像を見せて、その感想を聞いたりしているんですよね。
小山:映像を見せて、どこからがヤラセなのかを説明して、なぜヤラセはいけないのかを考えてもらっています。学生たちの感想レポートを読むと、「ここまで嘘だとは思わなかった」と驚く声がありつつも、「バラエティ番組だし、誰かを傷つけているわけではないから良いんじゃないか」という声も少なくありません。「これはヤラセだから良くない!」と糾弾するような声はほとんどなくて、ある意味では学生たちは達観しているとも言えます。
「ヤラセ」の背景にあるリアル
鹿島:ちょうどこの本が発売された昨年末に、動画配信プラットフォーム「TELASA」で『川口浩探検シリーズ』として配信がスタートしたんですけれど、そこでは「昭和の傑作バラエティ番組」として紹介されていました。当時、僕はクソ真面目に観ていて、もちろんネットなんてないから友達と感想を語り合うくらいしかなかったわけだけれど、なるほどバラエティとして解釈すれば問題なかったわけですね(笑)。当時のネタはどのように作っていたのか、改めて教えてもらえますか。
小山:当時はネットとかがないから、図書館に行ったりして百科事典を引いたりするんです。例えば蛇の図鑑なんかを読んでいると、蛇とトカゲの違いは足の有無じゃなくて、中には足のある蛇もいるということがわかる。じゃあ、この足のある蛇がデカかったらすごいよねという話になって、蛇ならタイに行けばなんとかなるだろう……と企画ができていくんです。で、蛇にトカゲの足をつけた「蛇トカゲ」と、トカゲの尻尾に蛇の胴体を付けた「トカゲ蛇」を作った。動画を見た学生は、まさかそこまで作っているとは思わなかったみたいです(笑)。
鹿島:僕も実際に小山さんと一緒に映像を観て、解説してもらったんですけれど、そうなると演出のために本当に危険なこともしていることがわかってくるんです。「双頭の巨大怪蛇ゴーグ」の回で、寺院の下には蛇がうじゃうじゃいるんですけれど、そこに入る階段のところにキングコブラが仁王立ちしていて、蛇使いの人が正面から“ガッ!”と獲る。テレビの絵的に良いからということで、わざわざ正面からそのシーンを撮影しているけれど、実際にはめちゃくちゃ危険な行為です。演出があるからこそ、やらなくてもいい真剣勝負をしている。そういうお話を聞くと、僕には「ヤラセ」と一笑に付して終わらせられることだとは思えないんです。実際に、川口隊長が大怪我したこともあるんですよね。
小山:川口さんがピラニアに噛まれたのはガチでしたし、足の親指を複雑骨折したこともありました。中国でのロケが始まる前日に飲み会をしたんですけれど、その時にベッドの底が抜けて川口さんの足に落ちて骨が折れちゃった。手術をしなければいけない状況だったんですけれど、中国の病院にいくのは嫌だから、ロケが終わったら日本で病院に行くと言って、そのまま足の指を固定してロケに臨んだんです。当然、歩くことができないんですけれど、ほとんど歩いているシーンばっかりだから、カメラをうまく動かして、上半身だけ歩いているような絵にして撮影したり(笑)。でも、その状態でロケをやりきったんだから、すごいですよ。
奥山:僕はメディアの中の人間として本書を読んで、すごく共感するところがありました。鹿島さんご自身も取材を通して「ヤラセ」に対する認識の変化はあったのでしょうか。
鹿島:僕自身、ヤラセや捏造を肯定したいわけではないんです。ただ、小山さんをはじめとした現場の方の声を聞いていると、単に視聴率主義でこういう番組を作っていたわけではなく、「すごい絵を撮りたい」という情熱で現場が夢中になってしまったわけで、そういう物作りをする人の性分みたいなものは簡単に断罪できないのかなと。一方で、「あの頃のテレビは出鱈目だった」とか「あの時代はおおらかで良いよね」というだけではなく、小山さんのように今も胸をチクチクさせていて、授業でメディアを志す人に「だからヤラセはダメなんだ」と具体的なメッセージを伝えている人もいます。
小山:「川口浩探検隊」を担当していた加藤秀之プロデューサーのような豪胆な人が、いかに面白い映像を撮るかを考えていた時代は、たしかに衝撃的な番組は多かったかもしれないし、彼らが汗水垂らして頑張って撮ったんだからまあ良いよねということになってしまいがちだけれど、その積み重ねによって今のテレビは信頼を失ってることも忘れてはいけないと思います。今、多くの人は、テレビで本当のことをやっているとは思っていないですよね? だから僕は、テレビをダメにしちゃった人間の一人として、若い人には「嘘をついて視聴率を稼いで、人気者になるような世界で生きていきたいのか」と問いかけるようにしているんです。これからテレビ業界を担っていく人には、ちゃんと視聴者から尊敬されるような世界を作ってほしいから。