【推しの子】は芸能界の裏側をどう描こうとしているのか? 肥大化した現実に立ち向かう、嘘という名の愛
女優の黒川あかねは、恋愛リアリティショーの番組で目立とうと焦った結果、不慮の事故でファッションモデルの鷲見ゆきの頬に傷をつけてしまう。その姿を観た視聴者による激しいバッシングが起きてSNSは炎上、ショックを受けた黒川は、歩道橋から飛び降りようとするが、アクアに助けられる。
その後、黒川のためにアクアたち番組出演者は、仲の良さをアピールする動画を作ろうとするのだが、おそらくこのエピソードはリアリティショーの『TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020』で起きたSNSでの誹謗中傷によって出演者のプロレスラー・木村花が自殺した事件の影響で描かれたのだろう。この回を読むと『【推しの子】』が何を描こうとしているのかがよくわかる。
「虚実皮膜論」という江戸時代の浄瑠璃作者・近松門左衛門の芸術論がある。芸術とは虚構と事実の微妙な間にあるという考え方だが、AKB 48を頂点としたライブアイドルカルチャーが2010年代を席巻したのは、アイドルと握手したり、直接話すことができるという接触文化が肥大化したことが大きい。同時にTwitter等のSNSの発展によって、ファンコミュニティが巨大な影響力を持つようになり、次第に「虚」よりも「実」が優先されるリアリティショー化が広がっていった。
アイドルシーンで起こったリアリティショー化は、SNSの発展によって今やあらゆる場所で起こっている、誰もが被害者にも加害者にも成り得る難しい問題となっている。そんな肥大化した現実に立ち向かうために、虚(嘘)の体現者としてのアイドルを、漫画の側から2020年代に復活させようとしたのが『【推しの子】』なのである。