【推しの子】は芸能界の裏側をどう描こうとしているのか? 肥大化した現実に立ち向かう、嘘という名の愛
※本稿は『【推しの子】』のネタバレを含みます。
『【推しの子】』(集英社)は赤坂アカ(原作)と横槍メンゴ(作画)が週刊ヤングジャンプで連載している本作は、芸能界を舞台にしたサスペンス漫画だ。
アイドルグループ・B小町のセンター・星野アイが熱狂的なファンに刺されて十数年後。16歳の時にアイが極秘出産した、双子のアクア(愛久愛海)とルビー(瑠美衣)は亡き母の後を継ぐかのように、素性を隠してタレント活動をおこなっていた。
アイ殺害を裏で仕組んだ真犯人が、素性のわからない実父ではないかと疑うアクアは怪しい芸能関係者に接触し、タバコ等のDNA鑑定に必要な証拠を摂取していく。一方、ルビーはアイドルとなり、B小町を復活させようと動き出す。アクアはアイを殺した真犯人に近づくために、若者向けドラマや恋愛リアリティショー、2.5次元ミュージカルといった仕事に出演していく。
様々な作品に出演するアクアの視点を通して芸能界の内幕が暴露されていくため、青年誌が得意とする業界の裏側を描いたお仕事モノ漫画としても楽しむことができる。
テレビ、映画、演劇といった旧来のメディアだけでなく、SNSや投稿動画サイトといったインターネットが当たり前の環境となった令和の現代において、10~20代のアイドルや俳優がどのような社会的立場に置かれ、何に苦しんでいるのかを描かれていることが人気の秘密だろう。
16歳のアイドルの極秘出産というショッキングなエピソードから始まる本作は、アイドルの給料や恋愛事情、実力のない若手俳優を揃えただけの残念なドラマがどのような経緯で作られるのか? といった業界の内幕をビジネスの観点も踏まえた上で丁寧に描いているように見える。とは言え、ルポルタージュではないため、現在活躍するタレントや芸能事務所の固有名詞は登場しない。あくまでフィクションの中のリアルな舞台装置として、本作の芸能界は描かれている。
また、本作の連載がはじまったのは、2020年の4月という新型コロナウィルスの猛威が世界を覆った時期だったが、リアルタイムで起きていたコロナ禍の出来事は完全に排除されている。そのこともあってか、どのエピソードもリアルで説得力はあるものの、どこか焦点がぼやけており、良くも悪くも「あるあるネタ」の集合体に思えてしまう。だからアイドルファンや芸能関係者ほど、本作のディテールの微妙な曖昧さに目が行ってしまうようだが、おそらくこの曖昧さは狙ったものだ。
第一話。「この物語はフィクションである」「というか」「この世の大抵は フィクションである」とナレーションで語られた後「上手な嘘 を 吐いてほしいのが アイドルファン というものだ」「この芸能界に おいて」「嘘は武器だ」と宣言される。
つまり「全ては嘘なのだ」というのが、本作のスタンスだ。「もしも、アイドルオタクが推し(アイドル)の子供に転生したら?」という荒唐無稽な話から始まっていることからもそれは明らかである。
だが同時に、「嘘は」「とびきりの 愛なんだよ?」とアイは語る。アイにとってアイドルとは、嘘という名の愛を届ける存在であり、嘘は美しいものとして描かれている。
逆に敵対するものとして描かれるのが、嘘を許容せず、正しさを盾に他人を攻撃する人々だ。それが強く現れていたのが「リアリティショー編」である。