連載:道玄坂上ミステリ監視塔 書評家たちが選ぶ、2023年4月のベスト国内ミステリ小説
今のミステリ界は幹線道路沿いのメガ・ドンキ並みになんでもあり。そこで最先端の情報を提供するためのレビューを毎月ご用意しました。
事前打ち合わせなし、前月に出た新刊(奥付準拠)を一人一冊ずつ挙げて書評するという方式はあの「七福神の今月の一冊」(翻訳ミステリー大賞シンジケート)と一緒。原稿の掲載が到着順というのも同じです。
今回は四月刊の作品から。
酒井貞道の一冊:雪富千晶紀『ホワイトデス』(光文社)
瀬戸内海中央部で巨大なホホジロザメ三匹が大暴れする。生物保護に血道を上げる大学生と、件のサメに息子を殺されて復讐を誓う漁師が主人公だ。二人の衝突が人間ドラマの主軸——にはならない。主役二名の思い、すなわち人間側の都合を、海の世界が忖度するわけがないとばかりに、劇的展開が釣瓶打ちされ全てを早々に超越してくるからだ。サメものらしく(?)頭を空っぽにしても楽しめる娯楽性が目立つが、主役の人格や思想信条を甘やかさないのが隠し味として効いている。伏線と意外な真相も確認でき、大手を振ってミステリ扱いします。
千街晶之の一冊:五十嵐律人『魔女の原罪』(文藝春秋)
年に何作かは、「傑作だが、どう紹介すればいいか途方に暮れてしまう」ミステリというのが刊行されるものだが、五十嵐律人『魔女の原罪』もそんな一冊だ。構成はデビュー作の『法廷遊戯』とよく似ていて、事件らしい事件が起きるのはようやく中盤。そこまではある少年の視点から、彼が通う学校や、暮らしている町の奇妙さが紹介される。法律さえ犯さなければ何をしても許される学校、旧世代と新世代の住民同士の対立。物語のあちこちから滲み出る違和感がすべてつながった時、その背後にあるあまりにも衝撃的な真実に茫然とさせられた。
橋本輝幸の一冊:藍内友紀『芥子はミツバチを抱き』(KADOKAWA)
ほぼ現代と変わらない至近未来を舞台にした、青春と喪失の物語である。学校や家庭に居場所がなく、ドローンの遠隔レースに打ちこもうとしていた少年イェリコは、ひょんなことから十代前半にして国際組織に帯同して世界を巡る生活を始める。共に暮らし、手探りの交流や手料理を介して知り合う同年代は、脳内インプラントでドローンを自在に操作する少女たち、通称「ミツバチ」やミツバチを護衛する少年兵だった。しかし過酷な生活や想いの衝突から仲間は徐々に失われていく。ヒーローではなく、悩める無力な少年が主人公のSF冒険小説だ。
野村ななみの一冊:渡辺優著『私雨邸の殺人に関する各人の視点』(双葉社)
『話を戻そう』『香港警察東京分室』『魔女の原罪』『ローズマリーのあまき香り』、今月は過去一悩んだが特徴的なタイトルの本書を推すことに。嵐によって館に閉じ込められた11人の男女、お約束のように起きた密室殺人を各人がそれぞれの視点で語っていく。が、全員が犯人の可能性を秘める中、癖のある登場人物たちの一人称語りはどれも怪しい。終いには「今、語り手を担当している人物も信用できないのでは?」と思うほどに。迷走する推理合戦と巧妙な伏線、結末の先の展開にもあっと驚かされた。著者の企みに、ぜひ振り回されてほしい。