スポーツ界のレジェンド・内村航平の成功は誰でも再現可能? 本人が語る「夢をつかむプロセス」
五輪個人2連覇、国内外無敵の40連勝――体操競技の頂点を極めたレジェンド・内村航平が初の著書『やり続ける力 天才じゃない僕が夢をつかむプロセス30』(KADOKAWA)を上梓した。
内村は自身が世界中から幾度となく称賛と共に投げかけられただろう「天才」という言葉を否定し、誰でもできる「努力」という言葉に置き換え、どんな分野でも成功をつかむために再現可能な思考法として本書にまとめた。輝かしいキャリアの裏側を惜しみなく語り、具体的なエピソードを交えながら明かしていくメソッドは、アスリートだけでなく一般のビジネスパーソンにも響くものだ。
便利に使われる「天才」という言葉を相対化し、「努力の天才」という逃げ道も残さない本書を書き上げた内村に、じっくり話を聞いた。(リアルサウンドブック編集部)
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「天才」なんて言葉はなければいい
ーーこれまで本当に多くの出版のオファーがあったと思いますが、ここでキャリアのなかで考えてきたことを一冊にまとめられたのはなぜでしょうか。
内村:選手として一区切りしたタイミングで、これまで自分が経験したこと、結果につながったことを振り返ったときに、「これはアスリートだけに通用するものではない」と思いました。だから、これを世に出して、いろんな方に読んでいただいて、自分のことに変換していただいた上で、何か役に立ててもらいたいなと考えたんです。
ーーご自身のキャリアを振り返りながら、便利に使われている「努力」や「天才」という言葉を捉え直す内容になっています。ご自身が何万回も言われてきただろう「天才」という言葉を否定して、「努力」を誰にでもできるものとして解説していますね。
内村:体操というスポーツをやってきたなかで、もちろん僕の周りにも「こいつ、スゴいな。天才だな」と思う選手はたくさんいました。ただ、自分は彼らのような「天才」ではないのに、よりよい結果を残すことができたんです。「天才」と言われる選手たちも、最初から高い能力を持っていたわけではなく、それぞれに努力してきた結果ですよね。そのなかでどれだけ練習して、どれだけ考えてきたか。そのことが重要なのであって、そもそも「天才」なんていう言葉がなければいいのにな、と思ったんです。
ーー語られがちな「努力の天才」という言葉すら否定されているのが印象に残りました。
内村:そうなんです。自分が結果を残していくなかで「天才」という言葉が嫌いになって、その上、「努力」すら才能ということにしてしまうのかと(笑)。「努力の天才」を認めてしまったら、最初から努力ができる人とできない人がいて、「あいつは努力する才能があったんだ」と、すべてが才能で片付けられてしまう。成長していく過程で、何が大事かということを自分で気づいていけば、努力できる。そこは才能ではなく、誰にでもできるんです。
自発的にやっているから、楽しめる
ーー本書全体を通じて、「考えること」「継続すること」の大切さと、その方法がわかりやすく書かれています。常に自分で考え、それを継続するというのは、小さい頃からの習慣ですか?
内村:僕は小さい頃から、人に教わることがすごく嫌いだったんです(笑)。自分の家が体操教室、という特殊な環境もあったと思います。自分の親が先生で、他の子たちよりも正直にものが言えたので、少し反発するように「自分で考える!」となったのが、逆によかったのかもしれません。自分の好きなようにやりたかっただけなんですけどね(笑)。
ーーなるほど。まさにその「好き」という気持ちが継続性につながっていくということも書かれています。「やらされている」のではなく「自分で選んだ」と思えることが重要だと。
内村:そうですね。僕の場合、最初は体操を「やらざるを得なかった」んですけど、結局は好きだったんです。蛙の子は蛙で、体操選手の子どもはやっぱり体操選手に惹かれる。そして、自分の父もインターハイで優勝するような選手だったので、まずはそこを超えたいと。「同じことをやっていたら超えられない」という思いも、ほんの少しはあったかもしれないですね。
ーーそんななかで、「努力をさせられる」から主体的に「努力する」という思考に切り替わったんですね。本書はビジネスパーソンにも置き換えられる内容で、基礎固めの時期からチームを牽引する時期、指導する立場になるまで、ステージごとにやるべきことが示されています。立場に応じて大変なことも増えたり、変わったりすると思いますが、内村さん自身はどのステージも常に楽しんできたと。
内村:やっぱり楽しんでいるからこそ柔軟な発想も出てきますし、辛いときでも乗り越えられるメンタルを持ち続けられるのかなと思います。自分と向き合いながらチームをまとめたり、周りを見なければならないときも面白かったですし、今現在、競技の普及に取り組みながら、後輩に声をかけたりしているのも楽しい。基本的にどの場面でも「やらされて」いなくて、自分で「選択して」何が大事なのかをわかって自発的にやっているから、楽しめるんだろうと。人から言われると嫌ですからね(笑)。
「できない」のが普通だと考える
ーーメディアに出ている姿を見ても、内村さんはいつもテンションが一定で、一貫性が感じられます。それが結果につながっている、ということがこの本から分かりますが、浮き沈みを作らないためのポイントはありますか。
内村:よく自分を知り、自分を過大評価しないことです。誰でも多少なりとも見栄を張りたい気持ちは持っていると思うんですが、それがダメなんです。「できる」と言ったことができなくて、「できないじゃん」と言われたらけっこうグサっときますよね。「できない」のが普通だと思っていれば冷静に受け入れられる。僕は大会でいい結果を出しても、すぐに過去のことだと思って、「できない」を前提に考えてきました。
ーー体操選手としてこれ以上ないキャリアで、「できない」というのは外から見ると過小評価にも思えてしまいます。
内村:決して謙遜しているつもりはなくて、これは教育されたものというか、小さい頃からの教えが大きいのかなと。父親が日本史が好きで、「驕る平家は久しからず」という言葉を本当に何度も聞かされてきたんです。結果が出ても決して威張るな、ということをずっと言われていて、だから浮かれることがなく、冷静に努力を継続してこられたというか。父は人格者で、いつも核心をつきますね。
ーー身に染みついたものなんですね。社会人でも、いまからそういう姿勢を身につけられますか?
内村:自分が間違っているところを認めることができれば、いくらでも変えられると思います。逆に意地を張っているところがあると、絶対に変わらない。ダメだと認めるところから始めなければいけないです。
ーー謙虚でいなければと思いながら、「あの人よりはできる」「あの人よりは頑張っている」と言い訳してしまうこともあります。
内村:そうなんですよね。結局は自分自身に勝っていかないといけないのに、いつの間にか誰かと比較してしまっている。やるのは自分ですから、弱い自分を潰していかないといけないんです。「あの人より努力する」というのも、ちょっと違うと思います。
ーーそうした考えになったのは、体操という競技の特性もありますか。
内村:そうですね。体操はとことん自分と向き合わなければいけないスポーツで、成功しても失敗しても、すべて自分の責任ですから。結果を出すには気持ちの浮き沈みを出さないようにしなければなりませんし、人と比較しても意味がないんです。