漫画やファンタジーの王道設定「魔術」と「呪術」はどう違う? 歴史や名作から解説

■西洋魔術の歴史

 前述のとおり、「呪術」は「原始的な魔術」の意味で語られる場合がある。

 ということは逆説的に「魔術」とは「原始的でない魔術」のことを指すことになる。

 時代が進むにつれて人類は文化を洗練させていったが、その過程で多くの神話体系、哲学、宗教、科学思想などが誕生した。

 宗教思想や哲学を成長素材に古代世界で以下のような魔術が誕生している。(挙げるとキリがないので代表的なもののみ独断で選出)

 「占星術」……古代メソポタミアで誕生。天の星に神々を対応させたもの。国家や国王の未来を占うのに用いられた。後、エジプト、ギリシャに伝わる。さらに後の時代には陸伝えで中国にも伝わる。

  「古代エジプトの魔術」……死後の再生を目指す魔術。死者はいずれ肉体に帰ると信じ、肉体の保存技術(ミイラ)が進化した。

 「古代ギリシャ・ローマ・エジプトの密儀宗教」……エレウシス密儀、ディオニュソス密儀、オルペウス密儀、イシス=オシリス密儀、ミトラ密儀、キュベレ密儀など。部外者には秘密の密儀に参加し特別な宗教体験をするもの。この秘匿性はフリーメイソンを初めとする秘密結社へと繋がっていく。

 「古代ギリシャ・ローマの神秘思想」……新プラトン主義、新ピタゴラス主義、グノーシス主義、ヘルメス主義など。どちらかと言うと哲学の思想。

 また、科学思想が魔術発展の歴史に関わっていることに違和感を感じる方もいるかもしれないが、科学とオカルティズムの関係は意外なほどに深い。

 魔術の一種である錬金術は古代エジプトを発祥とするが、その基礎となっているのは古代エジプトで発展した冶金術や染色術などの工芸技術だ。錬金術はその発展の過程で「蒸留」という人類史上でも非常に重要な化学の発見もしている。万有引力の法則の発見はじめ、その功績を挙げるとキリがないアイザック・ニュートンは錬金術師でもあった。

 ビッグバン理論の基礎を提唱したジョルジュ・ルメートルは天文学者で宇宙物理学者であると同時にカトリックの司祭でもあった。

 医学はヒポクラテスによって臨床と観察を重んじる経験科学へと発展したが、それ以前、古代ギリシャにおいて病気とは「神から与えられた罰」と考えられており、オカルトと同義だった。ギリシャ神話に登場すアスクレピオスは医学の神とされ、紀元前5世紀から紀元3世紀ごろに地中海世界で信仰されていた。その聖地であるエピダウロスの特別な場所でアスクレピオスの夢を見ると病気が治るとの信仰があった。

 古代においてオカルトと科学が紙一重の差すらなかったことがわかる例だ。

 時代が進むと、派閥の中から重要な魔術師が誕生する。その代表格が、ティアナのアポロニウス(紀元前一世紀ごろ)とシモン・マグス(一世紀ごろ)だ。

 アポロニウスはピタゴラス学派の聖人でエフェソス(今のトルコ)からペストを追い払った、吸血鬼ラミアを退治したなどの逸話を持つ。

シモン・マグスはグノーシス派の魔術師で、幻術を使い、病をいやし、死者を復活させた逸話を持つ。

 吸血鬼退治の物語は山ほど存在するが紀元前に既にあったようだ。

 これらの古代思想が西洋魔術の基礎になっているが、しかしながら、西洋で本流になるにはルネサンス(十四世紀から十六世紀ごろ)を待たなければならない。

 キリスト教が四世紀にローマの国教と定められたのに際して、キリスト教がこれらの思想を弾圧したからだ。

 一神教のキリスト教からすればこれらは異教のものであり、存在を認められなかったのだろう。

 中世の魔女狩りによる魔女の弾圧もこの文脈上で起きたものだ。

 以降、キリスト教はヨーロッパ文化の根底を成すことになるが、実のところヨーロッパを発祥とする「キリスト教のもの」と思われがちなイベント、習慣には異教の要素が顔見せしているものがある。

 ハロウィンをキリスト教のイベントと思っている方は少なくないと思うが、ハロウィンの起源はサウィン祭というケルト民俗土着宗教の祭りで、キリスト教は関係ない。

 カーニバルは、ゲルマン民族土着宗教の祭りがキリスト教に吸収されたものだ。

 クリスマスが祝われる12月25日はイエス・キリストことナザレのイエスの誕生日ではなく、もともとはローマの太陽神ミトラを祀る密儀宗教「ミトラ教」の祭日で、イエスの誕生日がいつなのかは聖書にも歴史書にも明確な記述が無い。

 余談だが、『新約聖書』によるとイエスの父母であるマリアとヨセフは、イエスの生まれる直前に住民登録のために出身地のベツレヘムに旅をしたとの描写があるが、当時の旅は命がけだったはずので、寒さの厳しい冬だったとは考えにくい。聖書の描写を信じるならば、イエス・キリストの誕生日が真冬(12月)である可能性は低いと思われる。

 その後、ルネサンス時代になってカトリック教会は相対的にその権威が低下。それによりギリシャ、ローマの文化が見直され、西洋魔術は大きく進歩を遂げることになる。

 以上の概略からお分かりいただけるものと思うが、魔術には人類の思想史としての一面がある。

三田誠『ロード・エルメロイII世の事件簿』(KADOKAWA)

 魔術は、作品だとふわっとした「神秘の業」のイメージで描かれがちだ。しかしTYPE-MOON BOOKS作品である三田誠(著)のライトノベル『ロード・エルメロイII世の事件簿』、『ロード・エルメロイII世の冒険』シリーズで描かれる魔術は人類の思想史としての側面を見せている。

 同作では最初のエピソードとなる「剥離城アドラ」だけでも、錬金術、数秘術、修験道、占星術など様々な種類の魔術が登場する。

 『ロード・エルメロイII世の事件簿』はバトルもあり、あくまでもライトノベルの領域に留まってはいるが、思想史としての魔術の顔が覗くことで独特の雰囲気を醸しだしている。

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