『THE FIRST SLAM DUNK』の作画はなぜ原作ファンにも違和感がない? 関連本で分かった井上雄彦の膨大な仕事

『THE FIRST SLAM DUNK』違和感ない作画の理由

 漫画家・井上雄彦が原作・脚本・監督を務めたアニメーション映画『THE FIRST SLAM DUNK』。公開初日から1か月以上経ってもなお大ヒットを続けているようだが、同作を観て個人的にもっとも驚いたのは、なんといっても“井上雄彦の絵が動いている”ということだった。

 というのは、映画の公開前に「予告編」の映像を観たかぎりでは、正直にいえば、“今回の映画はあまり「絵」には期待できないかもしれない”と思ってしまったからなのだが、いざ劇場に足を運んでみれば、上映開始から数分後にはすっかり物語の世界に没入させられていた。それはたぶん、(繰り返しになるが)「井上雄彦の絵」で、キャラクターたちが動き、喋っていたからなのだと私は思う。

 そう、私はどちらかといえば原作をかなり読み込んでいる方だと思うが、そういう人間の目から見ても、今回の『THE FIRST SLAM DUNK』の「絵」は、物語のメインとなるバスケの試合の場面はもちろん、それ以外の主人公たちの日常生活を描いた場面でも、ほとんど違和感はなかったのである。

 そこでふと気になったのは、「漫画家・井上雄彦」が、どこまで「アニメーター・井上雄彦」として作画に関わったのか、だった。ちなみに、映画のスタッフ一覧を見てみると、井上は、「原作・脚本・監督」の他、「キャラクターデザイン・作画監督」としてもクレジットされている(江原康之と連名)。しかし、それだけでは、彼がどこまで作画の実作業に関わったのかまではわからない……はずだった。

 ところが、昨年末に刊行された映画の関連書籍『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』(集英社)を見れば、ある程度それがわかるのだ。つまり、同書では、掲載された図版(原画や絵コンテなどの画像)の傍に、「新規作画」、「作画調整」、「演出」、「動作監修」、「動画仕上げ」という5種のチェックマークがつけられており、それぞれのカットにおける井上の仕事内容が一目でわかるようになっているのである。

 これはなかなか画期的な「編集」だといえるが、それらの図版とチェックマークに一通り目を通せば、井上が、我々の(少なくとも私の)予想をはるかに上回る膨大な数の原画に、作画監督として自ら手を加え、また、現場のアニメーターたちに修正の指示を出していたということがわかるだろう。なるほどこれなら、映画全体を通して“井上雄彦の絵が動いて見える”のも当然の話だ。

漫画の絵とアニメーションの絵は違う表現

 あらためていうまでもないことかもしれないが、一口に「絵」といっても、漫画の絵とアニメーションのそれは別物である。たしかに、日本のストーリー漫画は、映画のモンタージュ理論を取り入れることで大きく発展していったという側面もあるのだが、それ以前に、漫画とアニメには根本的な“見せ方”の違いがあるのだ。

 それは、簡単にいえば、物語を伝える「フレーム(枠)」の形と大きさの違いである。周知のように、アニメーションのフレームは、劇場のスクリーン(およびTVのモニター)のサイズに合わせた横長の形に固定されているわけだが(注・アニメでも、画面を分割する演出がないわけではないが)、漫画のフレームーーすなわち、「コマ」は、大小さまざまな形のものが、場面の重要性に応じて使い分けられる。

 当然、その異なるフレームを用いた2つのジャンルの「絵」は、まったく別の方法論で描かれなければならない。たとえば、漫画の小さなコマの中でさりげなく描かれている小ネタのギャグや、デフォルメされたキャラクターの絵などを、アニメの固定されたフレームの中に置き換えると、どうしても他のシリアスな場面と比べて、「間(ま)」的な違和感が生じてしまうのだ。

 そう、これが、『THE FIRST SLAM DUNK』で、原作の(秘かな魅力の1つであるといってもいい)小ネタのギャグやデフォルメされたキャラの絵がほとんどカットされている最大の理由だと思われる(余談だが、登場人物たちの心理描写ーーいわゆるモノローグの数々が大幅にカットされているのも、映像作品でそれを多用するとテンポが悪くなるせいだろう)。

 そうした漫画とアニメの手法の違いについても、『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』では、井上雄彦本人がインタビュー・ページで詳しく語っているので、ぜひ読まれたい。いずれにしても、ここであらためて強調しておきたいのは、優れた漫画家のすべてが優れた作画監督になれるわけではない、ということだ。アーティスト・井上雄彦の才能は底が知れない、という他ないだろう。

 なお、同書には、これまで単行本未収録だった井上の短編漫画「ピアス」も収録されており、『SLAM DUNK』の主要キャラの1人、宮城リョータ(と思われる少年)の物語を読むこともできる。そういう意味でもファンには欠かせない一冊だ。

■画像クレジット
『THE FIRST SLAM DUNK re:SOURCE』原作 脚本 監督:井上雄彦(集英社)
©️I.T.PLANNING,INC. ©️2022 THE FIRST SLAM DUNK Film Partners

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