漫画雑誌の「休載」が問題視されなくなった理由 出版業界の働き方の変化と読者のニーズ

休載に寛容になった漫画雑誌

 漫画の休載といえば、SNSやネットニュースを騒がせる『HUNTER×HUNTER』が有名だが、近年の雑誌では様々な作品で休載の告知を見かけるようになった。ある雑誌の目次を見ると、「作者取材のために休載します」という文言が並び、ほぼ毎号、何らかの作品が休載している。何年にも及ぶ長期はともかく、1~2回の休載はもはや普通のことだ。

 かつては、漫画が休載になるなど考えられなかった。誰とは言わないが、「連載作品が載っていないなど不良品を売ることになる」と厳しく捉えたり、「読者に対する裏切り行為だ」と考える編集者もいたのだ。しかし、近年は編集者からもそうした声が聞かれることは稀である。むしろ、雑誌が漫画家の休載に寛容になった印象も受ける。

 雑誌と休載を取り巻く事情について、現役の編集者がこう語ってくれた。

「漫画家に適度な休みをとっていただくことで、ベストな体調で作品を描いてほしいという思いはあります。その一方で、休載が問題にならないのは、それだけ雑誌が読まれなくなっている証しでもあるんです。今の漫画の読者は雑誌を読まないでしょう? だから、1回くらい休載してもそれほど問題がない、というのが本音です」

 漫画雑誌の発行部数は急激に減少している。日本雑誌協会が発表した最新のデータによれば、「週刊少年ジャンプ」の印刷証明付き発行部数は128万2500部(2022年7月〜2022年9月の3ヶ月毎の平均印刷部数)であり、絶頂期の653万部には遠く及ばない数字だ。ちなみに、「週刊少年マガジン」は44万5750部であり、ジャンプの約3分の1にまで落ち込むなど、雑誌の凋落は著しいものがある。

読者層の変化がもたらした影響

 ところが、「ONE PIECE」の単行本1巻当たりの初版発行部数は、ゆうに300万部を超えているのだ。単行本は、雑誌より遥かに多い読者を抱えていることになる。先の編集者によれば、「いち早く漫画の新作を読みたい読者が減少している」と言う。つまり、最近は漫画が単行本で読まれるのが一般的になったため、休載が以前よりも問題になりにくくなったのである。

 さらに、編集者は少年誌の読者の年齢が上がっていることも指摘する。

 「ツイッターでファンの意見を読むと、漫画家を労る思いから、休載を許す傾向がありますよね。それは読者が大人だからなんですよ。漫画雑誌が学校で回し読みされるほど子どもたちが読者の中心だったころは、休載なんて絶対に許されませんでした。だって、子どもからすれば、漫画家の体調よりも話の続きが大事なんですから」

 かつて、子どもたちは、とにかく雑誌の発売日が楽しみで仕方がなかった。学校が終わったら書店に走って雑誌を買い求める、そんな風景は数十年前なら普通にあったが、今では見られなくなった。もし、お小遣いを握りしめて買った雑誌に漫画が載っていなかったらどうだろう。一昔前の子どもならきっとショックを受けていたはずである。

 手塚治虫と当時の漫画雑誌の編集部の様子を描いた『ブラック・ジャック創作秘話~手塚治虫の仕事場から~』には、「週刊少年チャンピオン」に『ブラック・ジャック』が載らなかっただけで、編集部の電話が鳴り止まなかったシーンがある。それほど、休載を読者は問題視していたのだ。

漫画家や編集者の働き方の変化

 こうした過度なプレッシャーに耐えながら漫画を描かねばならない、漫画家はたまったものではなかっただろう。雑誌が急成長していた1970~80年代には、編集部によってボロボロになるまで使われ、苦しんだ漫画家も多いのである。

 対して、現代はどうか。漫画家の仕事が過酷であることは変わりないが、それでも数十年前と比べれば格段に仕事がしやすくなったといえる。そして、編集者にも変化がみられる。漫画家と喧嘩のようなバトルを繰り広げて漫画を作り上げる、“鬼編集者”は減っているようだ。

 「確かに一部には昔のような厳しい編集者もいます。けれども、かなり少数派になっていると思いますよ。漫画家を追い詰めてまで描かせる編集者は少なくなりました。うちではないですが、ある漫画雑誌なんて編集者がいちいち内容に意見したりしないそうです。漫画家に事実上丸投げして、ほとんど自由に描かせている例だってある。そんなの僕に言わせれば、誤植のチェックくらいしか編集者の仕事がなくなってしまったようで嘆かわしいんだけれど……それも時代の流れでしょうね」

 休載の増加は、漫画家はもちろんだが、編集者の働き方も変わりつつあることを如実に物語っているのだ。私個人は、漫画家には常に万全な体調で漫画を描いてほしいと願っているので休載容認派なのだが、漫画の発表の場として雑誌の地位が相対的に下がっていることが如実に感じられた。いまだに漫画を雑誌で読んでいる一読者としては寂しい限りである。

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