世界には絶滅寸前の食べ物が5000以上も……失われていく「食の多様性」を考える書物

絶滅寸前の食べ物を考える

 「絶滅危惧」というとまず生き物をイメージするが、実は多くの食べものも絶滅の危機に瀕している。スローフード協会が立ち上げたオンラインカタログ「味の箱船」には、世界各地の絶滅を危惧される食べものの品種と加工品が5000以上登録されており、日本だけでも64種類存在する。

 このカタログに影響を受けて書かれた本書『世界の絶滅危惧食』(河出書房新社)で、絶滅に至る要因として挙げられるのが食の均一化だ。

 食糧危機克服を目的とした20世紀半ばの「緑の革命」により、化学肥料や農薬で育つ生産性の高い穀物の新品種が開発される。さらに食品産業の求める低コストで利益を上げられる品種が優先的に育てられるようになり、地域に根づいてきた品種は淘汰されていく。野菜も肉も魚も果物も似たような過程を経て、品種の均一化が進み多様性は失われる。今やどこの都市でも寿司もカレーもハンバーガーも食べられ、スーパーマーケットには品質にバラツキのない品物が並んでいる。

 だが均一化の極端に進んだ現在、病気や害虫や異常気象で世界各地の同じ品種が共倒れとなり大きな被害を生む、フードシステムの脆弱さが問題となっている。イギリスBBCのジャーナリストである著者のダン・サラディーノは解決の糸口を求め、34の「絶滅危惧食」について歴史をたどり現地へ飛んで取材を行う。そこには食の伝統や多様性を守ろうとする人々がいて、興味深いことにそれぞれの生き方や考え方もまた多様なのである。

 トルコ東部の小さな村ブユク・チャトマ。ここではコムギに深刻な被害を与える赤かび病に強いと判明した太古の品種が、今も育てられている。現代の品種より収量の少ないコムギを栽培し続ける理由を、農家のネジェット・ダスデミルはこう説明する。〈このコムギが自分の畑に生えている、その姿を愛しているんです。料理したときのにおいと味も〉。一方、古代穀物の専門家であるジョン・レッツは、オックスフォードにある自身の農場でイギリスから失われたコムギの在来種を栽培している。在来種の堅い殻でもすぐ取り除ける便利な製粉機を前に、多様性を復活させる意義を彼はこう語る。〈古い品種を育てても、昔に戻るわけではありません〉〈いまなら、新しい技術を使って、その潜在的な力を残らず引き出せるんです〉。

 西イングランドで農家を営んでいたリチャード・ヴォーンは、自分の作った牛肉を味見したいと食肉処理場へ電話を掛けた際に、転機が訪れる。〈わたしの肉には、売る価値はあっても食べる価値はない。そう言われました。そんな努力をする価値はない、と〉。安さと生産性を追求する食肉ビジネスに幻滅した彼は、農場を家畜と触れ合えるファーム・パークに改造する。やがて園内でミドル・ホワイト種のブタが増えすぎて、何頭か屠らなければならなくなったのが、さらなる転機を生む。〈あんな肉は、食べたことがありませんでした〉。すばらしい風味が啓示となり今度は養豚家に転身し、食を通じて希少品種であるミドル・ホワイト種を守る。

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