今年のキーワードは再始動と進化!? 漫画ライター・ちゃんめい厳選、2022年のおすすめ新刊漫画10選
今月発売された新刊の中からおすすめの作品を紹介する本企画。今回は今年の総決算!2022年1月から12月の期間に第1巻が発売された漫画の中で、漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき10作品とは?
2022年おすすめ新刊漫画10選
・『鍋に弾丸を受けながら』 原作:青木潤太朗 / 作画:森山慎(KADOKAWA)
・『日本三國』 松木いっか(小学館)
・『セシルの女王』こざき亜衣(小学館)
・『タコピーの原罪』タイザン5(集英社)
・『ルリドラゴン』眞藤雅興(集英社)
・『サンダー3』池田祐輝(講談社)
・『クロウマン』 夜光虫(講談社)
・『ババンババンバンバンパイア』奥嶋ひろまさ (秋田書店)
・『光が死んだ夏』モクモクれん(KADOKAWA)
・『雪と墨』 Marita(KADOKAWA)
まず、今年の漫画を語る上で絶対に欠かせないキーワードが「再始動」だ。昨年急逝された三浦建太郎先生の『ベルセルク』に、国民的人気漫画『HUNTER×HUNTER』の連載再開。そして、現在アニメが絶賛放送中の『チェンソーマン』第二部の始動。さらに、約11年ぶりに「月刊少年ガンガン」に帰還した『鋼の錬金術師』荒川弘先生の最新作『黄泉のツガイ』、待望の続編『金色のガッシュ!! II』の単行本1巻が発売されるなど、とにかく伝説的作品・作家たちの「再始動」が続く、漫画好きにとってはたまらなく胸が熱くなる1年だった。
そんなレジェンドたちの「再始動」に負けず劣らず、今年は従来のジャンルの概念を覆すような驚きの設定やストーリー展開で読者の心を掴む「進化系」漫画が豊作だったように思う。
飽和化したジャンルを切り開く
特に年始一発目に出会った『鍋に弾丸を受けながら』(原作:青木潤太朗 / 作画:森山慎)は本当に衝撃的だった。"危険な場所ほど美味い食べ物がある"という持論を持つ主人公による、超過激なノンフィクションワールドグルメレポを描いた本作。世界各国の危険地帯へと足を運び、そこでしか食べられない怪しくも魅力的な料理を堪能する.....それだけでも十分にパンチが効いているが、加えて主人公は“長年に渡る二次元の過剰摂取によってどんな危険地帯でも全員美少女に見える”という想像の斜め上をいく設定が。近年ではすっかりメジャーになり飽和化したグルメ漫画。だが、本作の題材もさることながら読者の好奇心をくすぐる登場人物設定や食レポがグルメ漫画の新たな道を切り開く.....そんな底知れぬ力を感じる作品だった。
飽和化しているジャンルといえば、史実をベースに描かれる歴史ロマン系もその一つだと思う。今年完結した『ゴールデンカムイ』『チ。 ―地球の運動について―』、現在も続く『キングダム』や 『ヒストリエ』(*2022年8月より無期限休載中)など、これ以上ないほどの名作が揃っているジャンルである。だが、今年はそんな名作たちに引けを取らないほどの傑作漫画が続々と誕生した。
まずは『日本三國』(松木いっか)。現代文明が崩壊した近未来の日本を舞台に、武力ではなく“知力”で成り上がっていく、一人の青年の戦いを描いた作品だ。近未来の話なので歴史ロマン系という表現は正直語弊がある。しかし、文明が明治初期レベルにまで後退、その上、国土が3つに分かれてそれぞれが覇権を争う三国時代に突入するという、まるで戦国時代のような世界観であるため、歴史ロマン系ならではの大きな時代のうねりと躍動感を感じる作品となっている。また、主人公の戦い方にも要注目。武器を振り回すのではなく、持ち前の知力と雄弁さで相手の裏をかく......この圧巻の駆け引きに引き込まれる。
『あさひなぐ』のこざき亜衣先生による『セシルの女王』も絶対に押さえておきたい作品の一つ。“私はイギリスと結婚した”の名言で知られるエリザベス1世、そして彼女の即位から晩年に至るまで重臣として仕えたウィリアム・セシル。この2人の絆と生涯を描いた本作は、史実に基づいた超骨太な歴史漫画でありながら、思わず感情移入してしまう各登場人物のキャラクター性、彼ら彼女たちから発せられる力強いセリフが魅力的だ。この時代に女として、女王として生きることとは?なぜセシルは生涯エリザベス1世に仕えたのか?......生きる時代、国は違えど、こざき亜衣先生による巧みなキャラクター描写・セリフによって、歴史上の“出来事”ではなく“物語”として私たちに強く訴えかけてくる。
少年漫画、バトル漫画は次の時代へ
少年漫画、バトル漫画といえば、今年は『Dr.STONE』や『東京卍リベンジャーズ』が最終回を迎え、さらに『ONE PIECE』や『僕のヒーローアカデミア』が最終章に突入するなど、ひとつの時代の終焉を感じる一年だった。その一方で、少年漫画、バトル漫画は次の時代へ......と感じる作品との出会いが数多くあった。
少年漫画において、その代表格の一つだと感じたのが『タコピーの原罪』(タイザン5)である。本作は、複雑な家庭環境と小学校でのいじめに苦しむ少女・しずかちゃんとタコ型地球外生命体タコピーの交流を描いた物語。だが、本作ではその“交流”がとにかく正常に機能していない。狂気さえ感じるタコピーの一方通行さ、そして小学生が抱えるにしては深すぎる数々の闇.....各登場人物の果てしない救いのなさが魅力というか、読者に強烈な印象を残した。ちなみに本作の掲載誌(配信)は、あの『地獄楽』『SPY×FAMILY』『怪獣8号』などのヒットタイトルを生み出した漫画誌アプリ「少年ジャンプ+」。先述の3作品に共通するようなバトル要素がなくとも、そしてとんでもなく鬱展開からスタートしても読者の心を掴むことができる。いや、むしろ昨今は友情・努力・勝利といった少年漫画にありがちな三原則よりも、薄暗い要素の方が求められているのでは.....と、少年漫画の新しいアプローチと共に読者が求めているものの変化を感じた。
『タコピーの原罪』のような“新しいアプローチ”軸でいくと、『ルリドラゴン』(眞藤 雅興)も革命的な作品だったように思う。今年の6月に「週刊少年ジャンプ」で連載開始するやいなや、ジャンプらしからぬ”ゆるさ”そして”可愛らしい絵”で話題を呼んだ本作。ある日突然、女子高生・ルリの頭に2本のツノが生えてくる。その出来事をきっかけに彼女は自分の父親がドラゴンであることを知るが、別にドラゴンの血を引く娘だからといって、従来のジャンプの主人公らしく何か宿命を背負わされるわけでも、冒険に出るわけでもなく……その後もただただいつもの日常が続いていく。次第にツノ以外にも口から炎が出ててくるなど、半ドラゴンであるがゆえの第二次性徴、それによって周囲へ及ぼす影響に悩むルリ。だが、そんな彼女を変わらずに受け入れる、教師や友人達の相互理解の姿勢が読み手の胸を打つ。そして、彼女が変わらずに学校生活を送れるようにと、見えないところで支援している母親の隠れた愛。きっと自分の日常にも溢れているのかもしれない、周囲の優しさや愛情について考えたくなる作品だった。
バトル漫画に関しては、今年はこの2作品に度肝を抜かれた年だった。
まずは、『クロウマン』(夜光虫)。ある日突然誘拐され、さらにヒーローに改造されてしまった少女が繰り広げるバトルアクションもの。始まりからして不幸極まりない話だが、物語開始早々に彼女は自分をさらった奴らを倒して晴れて自由の身になる。では、彼女はこれからどうするのか。その力を使って正義のヒーローとなるのか?はたまた闇堕ちしたダークヒーローとなるのか?......答えはそのどちらでもなく、彼女はただ一言「カニを食べにいく」と。思わず二度見したくなるようなセリフを放つ、この全く掴みどころのない自由すぎる主人公によって、物語はまるで転調する楽曲のように予想だにしない方向へと転がり続けていく。主人公の行動原理もストーリー展開も全く読めないが、何故か読後感が心地良い.......そう感じるのは、文字通りキャラクターが思いきり“自由”に動いているからなのかもしれない。
次に『サンダー3』(池田祐輝)だが、本作は「漫画ってこんなことができるんだ!?」と、間違いなく今年イチの衝撃と驚きを与えてくれた怪作だった。ひょんなことから異世界に転移してしまった中学生3人組とその妹。そこで何者かによって連れ去られてしまった妹を取り戻すべく、異世界で奮闘する3人組の姿を描く……という物語だが、あらすじだけ聞くと正直そこまで驚きや斬新さはない。だが、この作品はとにかく絵とストーリーの総合芸術っぷりがすごい。中学生3人組とその妹が迷い込んでしまった異世界、でも本当はどちらか異世界なのか、そして異界の生物はどちらなのか。シンプルなストーリーに対して絵が更なるブーストをかけ、読んでいると思わず脳がバグるような読書体験へと読者を誘う。ちなみにこの絵というのは、とんでもなくうまいとか個性的な絵柄とか、そういった類のことではないのだが、気になる真相は読んでからのお楽しみ。ぜひ、『サンダー3』が描く唯一無二の世界を体感してみてほしい。
話題のBL、ホラー、SF作品も!
最後に紹介する3作品は「進化系」漫画と呼ぶにふさわしい、設定やストーリーの斬新さもさることながら、何度も何度も読み返すほど心を鷲掴みにされた漫画たちだ。
まずは、新感覚のBL<ブラッディ・ラブコメ>という、ユニークかつ斬新なキャッチフレーズを冠する『ババンババンバンバンパイア』(奥嶋ひろまさ)。主人公は、老舗銭湯で住み込みバイトをする見目麗しい青年・蘭丸。そんな彼の正体はなんと450歳の吸血鬼。彼にとって最高のご馳走である“18歳童貞の血”を求めて、銭湯の一人息子・李仁くん(15歳・童貞)の操を守り続けているが、高校へと入学し思春期を迎えた李仁は同じクラスの女の子に恋をしてしまう。こうして、蘭丸は李仁くんの童貞を死守すべく奔走する。
蘭丸は吸血鬼の捕食対象として李仁くんに魅力を感じているはずだが、彼の純粋さや優しさ、そして子供の時から変わらない愛らしい顔立ちに興奮する蘭丸の様子は、恋愛の“好き”という感情に翻弄される思春期の男子そのもの。本作は、BL<ブラッディ・ラブコメ>と言われているが、本来の文字並び通りボーイズ・ラブとしての魅力も併せ持つ一作となっている。また、奥嶋ひろまさ先生の圧倒的な画力によって描かれるキャラクターたちは、男女問わずとんでもなく美麗。にも関わらず、全キャラクターどこか抜けている点がたまらなく愛おしいし、コメディとしての面白さを加速させる。例えば、李仁くんの恋路を邪魔したいのに、結局から回ってしまう蘭丸。一方で李仁くんとその家族も、吸血鬼ゆえに何年経っても老いない蘭丸のことを“美容男子だから老けない”と本気で納得していたり......。そんなツッコミ不在のとめどないボケはもちろん、作中に散りばめられた秀逸な漫画パロディネタにも要注目。
お次は、「このマンガがすごい!2023」でオトコ編1位に輝いたことで話題の『光が死んだ夏』(モクモクれん)。いつも隣にいる友人が、ある日突然全く別の”ナニカ”にすり替わっていたとしたら......。そんな世にも奇妙な入れ替わりから始まる本作。閉塞感漂う田舎町、まことしやかに噂される不気味な伝承、不可解な事件など、Jホラーを感じる陰鬱な雰囲気をまといながらも“ナニカ”になってしまった光と、そんな彼の側から離れないよしき、2人の少年の間で揺れる複雑な感情を描いた作品だ。
よしきと光の関係性や、謎が謎を呼ぶ緻密なストーリー展開はもちろんだが、それ以上に読者に“恐怖”を与える演出力がずば抜けて優れた作品だったように思う。例えば、冒頭で手書きではなく、あえてフォントを使って強調される「シャワシャワシャワ」というセミの鳴き声はただの擬音では片付けられないほどの不気味さを放つ。さらに、1巻の中盤で登場する「く」の存在(何を言っているのかわからないと思うが本当に“く”なのである)。ホラー表現としてよく見かける“血”のようなグロテスクさだったり、おどろおどろしいビジュアルでもない.....『光が死んだ夏』ならではの全く新しいホラー表現の形をぜひ堪能してほしい。
最後は『雪と墨』(Marita)。本作の主な登場人物は、過去生の全て記憶を持つ“転生者”の常磐、そして1年ごとに違う時代へと転移してしまう“タイムトラベラー”の浅葱。転生者とタイムトラベラー.....それぞれSF作品では馴染みのある存在だが、一つの作品においてどちらか一方ではなく両者が邂逅する。この斬新な設定こそが『雪と墨』という物語を大きく動かす。常磐と浅葱は、それぞれ転生者・タイムトラベラーという特異な体質によって幾つもの人生と時代を渡り続けてきた。今世では従兄弟として交わり、家庭の事情で同棲する2人だが、物語が進むにつれて浅葱は“愛しいあの人”にもう一度逢うために、この時代にタイムリープしてきたことが明らかになる。
実は今回紹介した10作品の中で唯一の完結済作である本作。全3巻という短い巻数ながらも、過去・現在・未来を交錯しながら紡がれるドラマは、各々登場人物たちの感情の機微が切ないほどにぎゅっと詰まっていて濃密。果たして、浅葱が幾千もの時を超えて探し続ける“愛しいあの人”とは?そしてまた出逢える日はくるのだろうか?.....全てを読んだ時、読者を待ち受けるのは気鋭のSF作品によくある衝撃のラストやどんでん返しなどではなく、時代や時空を凌駕するほどの“究極の愛の形”。今年も終わりに近づき、時の流れの早さ、そして儚さを実感する今、ぜひ読んでほしい作品だ。