『呪術廻戦』20巻レビュー “元祖・主人公”が「死滅回游」に“光”をもたらすのか
※本稿には『呪術廻戦』(芥見下々/集英社)の内容について触れている箇所がございます。同作を未読の方はご注意ください。(筆者)
芥見下々の大ヒット作、『呪術廻戦』の20巻が発売された。現在、同作の単行本はシリーズ累計7000万部を突破しており、この勢いは当面誰にも止められないだろう。
さて、その『呪術廻戦』20巻、カバーに描かれているのは最強の呪力出力を誇る術士・石流龍だが、実質的な主人公は、呪術高専きっての“異能”乙骨憂太である(本来の主人公である虎杖悠仁は、この巻には一切登場しない)。もともと乙骨といえば、『呪術廻戦』の前日譚(『呪術廻戦 0 東京都立呪術高等専門学校』)では主役を張っていたわけであり、ここに来て再び“元祖・主人公”に大きな見せ場が与えられたということになるだろう。
乙骨憂太は菅原道真の子孫ではない?
なお、現在、虎杖悠仁をはじめとした呪術高専の生徒たちは、謎の術師・羂索が仕組んだ「死滅回游」というデスゲームに参加しているのだが、乙骨憂太は「仙台結界(せんだいコロニー)」において、逃げ惑う人々を守りながら、相棒の「リカ」とともに壮絶な戦いを繰り広げている。そしてそのバトルの最中、乙骨の前に敵として立ちはだかった烏鷺亨子なる泳者(プレイヤー)が、彼に向かってこんなことをいうのである。「オマエ 藤原の人間か!!」
空を操る術式を持つ彼女は、もともとは藤氏直属暗殺部隊(「日月星進隊」)の隊長だったのだという。だが、『呪術廻戦 0』を既読の方はご存じだと思うが、乙骨憂太は「菅原道真の子孫」という設定だったはずだ。ましてや藤原氏(藤原時平)といえば、道真とはライバル関係にあった氏族ではないのか。それとも烏鷺は、何か勘違いをしているのだろうか――?
そこで、乙骨の先祖についての“3つの可能性”を考えてみた。
【可能性・その1】
まずは、繰り返しになるが、烏鷺亨子が何か勘違いをしているという可能性だ。とはいえ、藤氏直属の暗殺者(しかも隊長クラス)が死闘の合間に適当なことをいうはずもなく、現時点では烏鷺の“推測”は当たっていると考えたほうがいいだろう。
【可能性・その2】
一方、(最初に乙骨に菅原道真の子孫だということを伝えた)五条悟が間違ってるか、嘘をついている、という可能性もある。後者の場合、その嘘にはなんらかの意図が含まれているのだろう。
しかし五条だけでなく、17巻で天元もまた、乙骨に対し、「道真の血」と呼びかけており、そのことからも、乙骨が菅原道真の子孫であるのは間違いないように思える。
【可能性・その3】
だとすれば、乙骨憂太は、菅原氏の子孫にして藤原氏の子孫、ということになるのだが、実はこれはそれほど奇妙なことでもないのだ。具体的な例を挙げれば、菅原道真の玄孫である菅原孝標と藤原倫寧の娘の子が、有名な『更級日記』の作者・菅原孝標女である。また、藤原佐世の妻は菅原道真の娘であった。
つまり、この約1000年の間に菅原氏と藤原氏の誰かが結ばれ、その子孫が乙骨憂太であったとしてもなんら不思議はないのである。
“元祖・主人公”が突破口を切り開く?
ちなみに、『呪術廻戦』20巻のブランクページ(p.106)に描かれているイメージカットで、乙骨自身、「フジワラ? 五条先生はスガワラって……まぁどっちでもいいか」といっている。また、物語本編でも、乙骨は烏鷺に向かって、「僕の先祖がアナタに何をしたか知りませんが 自分のためだけに生きるのは きっといつか限界がくる」といい放つ(第178話)。
いずれにせよ、『呪術廻戦』という物語に登場するキャラクターたちは、敵味方問わず、“家”や“血”に縛られて悲愴な戦いを続けている者が少なくないのだが、そんななか、この乙骨憂太のような、何ものにも“縛られない”自由なスタンスはどこか痛快であるといえよう。
混迷を極める「死滅回游」に“光”をもたらすのは、やはり“元祖・主人公”の力なのかもしれない。