『コンビニ人間』村田沙耶香が描く、予測不能な哲学的カルト詐欺ーー最新短篇集『信仰』の不思議な余韻

村田沙耶香『信仰』レビュー

 一言でまとめると、「主人公がカルト詐欺に引っかかる話」なのである。だけど……。
 2016年に芥川賞を受賞した『コンビニ人間』がベストセラーとなり、30以上の国と地域で翻訳もされた村田沙耶香。彼女の最新短篇集『信仰』(文藝春秋)の表題作は、冒頭の〈なあ、永岡、俺と、新しくカルト始めない?〉という不穏なセリフから、予測不能な展開の連打が止まらない。

 〈私〉は日曜日の午後、駅前のサイゼリヤで勧誘を受けている。向かいに座る石毛とは、地元の同級生たちが集まった飲み会で先週久々に会ったばかり。その時に、今度お茶しないかと強引に誘われたのだ。マルチか宗教か、勧誘だろうことは織り込み済。〈あいつ、こんな勧誘してきたんだけど。やばくない?〉と、後で話の種にしようと出向いてみた。ところが〈新しくカルト始めない?〉と、騙す側への勧誘だったのだから意表を突かれる。

 それでも〈やだよ〉と、即答する〈私〉。すると、石毛の仲間が遅れてやってくる。現れたのは、中学時代の同級生である斉川(さいかわ)さんだった。石毛は大学生の時に斉川さんと付き合っていたが、彼女がマルチ商法にハマり、浄水器の勧誘を始めたのが原因で別れたのだという。以降連絡も取っていなかったが、詐欺のコツを知っているのではないかと今回誘ったらしい。

 紹介がてらに、斉川さんにとっての黒歴史を馬鹿にして笑い者にする石毛。それに思わずムッとする〈私〉。〈あのさあ、そういう言い方ってなくない?斉川さんにだってさ、何か信じられるものがあって、そうなったわけでしょ。それをバカにするのってさ、なんか変じゃない?〉。

〈私〉が思う「変」は、哲学的な問題を含んでいる。人を騙して一儲けしようとする石毛は、明らかに「悪」であり「愚か」でもある。では、かつて浄水器でみんなを幸せにしたいと真剣に思い、今度は自分で考えたスピリチュアル系のセラピーに入れ込んで、みんなに広めたいといつしか本気で思ってしまう斉川さんはどうか。彼女も同類だと、断罪できるのだろうか。

 でも誰よりも立ち位置のややこしいのは、カルトなんて止めた方がいいと斉川さんを諫める〈私〉だったりする。好きな言葉は〈原価いくら?〉で、夢や幻想に興味などない。子供の頃から〈「現実」こそが自分たちを幸せにする〉と信じて疑わなかった。〈そのブランドのバッグ、原価いくら?同じようなの、3000円でアメ横で売ってたよ〉〈場所代ってなに?ぼったくられてない?〉。善意による説得は周囲の人々にとっての害となり、大人になる頃にはみんなから愛想を尽かされてしまう。

 自分の現実信仰に疑問を抱き、SNSを通じて再会した同級生グループの価値観に従おうと試みた。でも、彼女たちのハマっているティーカップ4セットを揃えるだけで200万円以上する食器メーカー「ロンババロンティック」や、施術代が5万円もする鼻の穴のホワイトニングを無邪気に崇拝することなどできない。〈私〉は後日、〈勧誘してほしい〉と斉川さんを電話で呼び出してこう切りだす。〈私、騙される才能がある人間になりたいの〉。

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