辻村深月が初の長編ホラー作品『闇祓』で目指した表現「様式美を踏襲しながら新しいものを」
恐怖と滑稽さは紙一重
――初の長編ホラーを書き終えた手応えは、いかがですか?辻村:そうですね……。読み手としてジャンルの大ファンだったので、生半可な気持ちでは手を出せないとずっと思っていましたし、書くからには、先輩方が守り続けてきた様式美を踏襲しながら新しいものを生み出していかねばならないと、書きながら自分なりの美をずっと探っていたんですが……画(え)的な美しさは大事に描けたかなと思います。
――画的な美しさ?
辻村:たとえば建物が瓦解する瞬間の美しさのようなものでしょうか。それは、視覚的・聴覚的に訴えかける何かがあるからだと思うんです。たとえば夕闇の迫る公園で、ある光景を見た梨津の耳に、実際に音が鳴っているわけでもないのに「べしょべしょべしょべしょべしょ」という擬音が届いている。その字面と、梨津の動揺と、すべてが組み合わさった結果、読者の脳裏にはおそろしくもどこか美しい「画」が浮かぶ……というように、想像力を喚起させる描写をするよう、今回は特に意識しました。ふと気づいたら団地のそこらじゅうに養生テープが張られ、シートが敷かれ、ぱたぱたとはためいている。そのことが、引っ越しがやけに多くはないか、という疑問を不安に煽り立てていく……みたいな。あとは、おもしろいイヤミス(イヤな気持ちになるミステリー)を読んでいるときに体験する、自分のなかにある〝いやな感じ〟を言い当てられていく爽快感も、今作ではめざしていましたね。
――ひとたび想像力を喚起させられたら、恐怖からは逃れられない。その連鎖も、読んでいて心地よかったです。
辻村:きっかけさえ与えられたら、人は勝手に空気を醸成して、良い方向にも悪い方向にも転がっていく。その感覚を味わっていただけたら嬉しいです。それと、私の好きなホラーマンガ家さんって、並行してギャグマンガを描かれていることも多いんですが、恐怖と滑稽さもけっこう紙一重だと思うんです。ラストにすべてが明かされたあと、最初から読み返してみると、気持ち悪いと思っていたものが意外と愛らしく感じられたり、捉え方が変わることも多いと思うので、そのあたりもぜひ楽しんでいただけたら光栄です。