『偽りのフレイヤ』がもつ独自性とは? 美麗な作画で描かれる酷薄なストーリーの魅力

『偽りのフレイヤ』がもつ独自性とは?

 10月5日に最新刊の7巻が発売された、石原ケイコの『偽りのフレイヤ』(白泉社、「LaLa DX」にて連載中)。本作はごく普通の村娘が亡き王子の身代わりとなり、謀略と戦いに身を投じていく中世西洋風ファンタジー漫画である。

「少女の成長と恋愛」と「男装・身代わり」

 小国テュールは北のシグルズ帝国によって、徐々に土地と民を奪われつつあった。テュールの小村で病気の母と暮らす16歳のフレイヤは、気弱で泣き虫な少女だが、「控えめなサル」と呼ばれるほど高い身体能力に恵まれていた。

 ある日、3年前に王都に旅立ったきりだった幼なじみの兄弟が、突然帰郷する。兄のアーロンは、テュール王国の皇太子・エドヴァルド王子の近衛騎士になり、黒騎士という通名で他国にまでその名を馳せていた。でき過ぎる兄の影に隠れた弟のアレクシスは、一般兵として奮闘しつつ、フレイヤに密かに想いを寄せている。

 兄弟が帰郷したのは、村がシグルズ帝国に狙われており、それを阻止するためだという。だがアーロンの行動の真の理由や、王子が毒で死にかけていることを知ったフレイヤは、一人で城に忍び込んだ。そして瀕死のエドヴァルド王子から、「君が僕になるんだ」「お願い テュールを守って」と託され、王子の身代わりを演じて村を救う。エドヴァルドは亡くなり、フレイヤは「偽の王子」の身代わりの継続を余儀なくされる。彼女はテュールを、そして大切な人たちを守るため、苛酷な運命に立ち向かう――。

 『偽りのフレイヤ』は「少女の成長と恋愛」を描く大河ファンタジーであり、さらに「男装・身代わり」が物語のキーポイントとなっている。こうしたシチュエーションは女性向け作品で大人気の設定として知られ、さまざまな物語が生まれている。

 その代表格といえるのが、田村由美の漫画『BASARA』(小学館)だろう。荒廃した日本を舞台にした架空戦記『BASARA』は、国を救うと予言された「運命の子供」である双子の兄タタラを殺害された少女更紗が、正体を隠してタタラとして立ち上がり、戦う物語である。『BASARA』は90年代に連載された少女漫画だが、魅力的なキャラクターや、破格のスケールで紡がれたドラマは、時を経た今でも革新性を失わない。

 ほかには、須賀しのぶの少女小説『流血女神伝』(コバルト文庫)も、同じ系譜の物語として思い浮かぶ。猟師の娘である少女カリエは、ある日突然誘拐され、病に伏せる皇子の身代わりを強制された。以後激動の人生をおくるカリエの姿と、帝国の滅亡の歴史を壮大なスケールで描く『流血女神伝』は、須賀のコバルト時代の代表作として人気を博す。本作は2007年に完結したが、2021年より小学館の「サンデーうぇぶり」でコミカライズがスタート。再び注目を浴びている。

 そもそも大河ファンタジーや、男装をテーマにした物語は、なぜかくも人の心を惹きつけるのだろう。その理由として真っ先に思い浮かぶのが、ヒロインの鮮烈な生き様がもたらすカタルシスだ。逆境に抗いながらも、たくましく生き抜くその姿に読者は感情移入し、心を揺さぶられていく。そして男装という設定には、固定的なジェンダー規範を撹乱する心地よさも忍ばされている。

 奇妙な偶然から大きな戦いの中に巻き込まれる少女。『偽りのフレイヤ』は、ともすれば目新しさに欠けるほど王道的に物語は始まりながらも、予想を裏切る衝撃の展開が早くも第1話のラストから読者を待ち受けている。美麗な作画で描かれる血生臭く、酷薄なストーリー。本作がもつ独自のテイストが、1話目から存分に発揮されている。

 シビアな導入で幕を開けた物語は、以後もハードな展開が続く。フレイヤを守る近衛騎士や、フレイヤ自身も血まみれになりながら戦い、苛酷な物語には少女漫画らしからぬ流血や、死体描写が盛り込まれている。何度も絶望の淵に立たされた少女は、それでも立ち上がり、怒りを力に変えて行動。本物の王子にはなれないが、あたらしい光へと少しずつ成長し、人々の心をつかんでいく。その姿は亡きエドヴァルドに絶対的忠誠を誓い、フレイヤには王子になりきることだけを望んでいた白騎士と呼ばれる近衛騎士の心でさえも、揺らがすのだった。

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