『数学ゴールデン』が描く王道の英雄譚 熱い青春漫画の魅力を考察

『数学ゴールデン』こそ王道の“英雄譚”である

 いま、「ヤングアニマルZERO」(白泉社)で連載されている藏丸竜彦の青春漫画、『数学ゴールデン』が話題になっている。2020年7月に刊行された単行本第1巻は、発売されるやいなや3度“緊急重版”されるほど売れており、そのことからも、同作がいかに急速に、数多くの漫画ファンの間で支持を広げているかがうかがえるだろう。

七瀬マミとの出会い

『数学ゴールデン(1)』

 『数学ゴールデン』は、タイトル通り「数学」を題材にした物語だ。……などと書くと、それだけでもう手に取るのをやめようと思った(数学が苦手な)方も少なくないだろう(かくいう私自身がそうである)。しかし、同作は難しい数式など一切理解できなくても楽しめるので、そこのところはご安心(?)いただきたい。

 たとえば、(果たして“数学漫画”と近いジャンルといっていいかどうかはわからないが……)囲碁や将棋の対局場面の高度な内容は理解できなくても、『ヒカルの碁』や『月下の棋士』、あるいは『3月のライオン』といった作品を楽しく読めたという人は無数にいるだろう。つまり、専門的な知識などはなくても、キャラが立っていて、普遍性のあるドラマが描かれた漫画は充分おもしろく読める、ということだ。

 そう、数学にせよ、囲碁将棋にせよ、それらはたしかに物語を彩る重要な「題材」ではあるのだが、作者が描きたい作品の「テーマ」は別にあり、それは、「主人公(たち)の成長」ということになるのではないだろうか。だからこそ、特殊な世界を描いた物語でも、幅広い読者の共感を得ることができるのである。

 さて、話を『数学ゴールデン』に戻すが、同作の主人公は、小野田春一という数学少年(高校1年生)だ。志望していた私立の進学校に落ち、不本意ながら地元の県立高校に進学することになった彼は、入学式の新入生挨拶の場で、「目標は数学オリンピックの日本代表」と豪語する(それを聞いた周りの連中はかなり“引く”)。

 数学オリンピックとは、「参加資格は高校生以下」という「数学の超絶難問を競い合う」世界レベルの大会のことであり、その日本代表になれるのはわずか6名だ。

 間違いなく、その時点での春一には、日本代表に食い込むだけの実力はない。しかし、自分には数学しかないと思い込んでいる彼は、ひたすら勉強に集中することしか頭になく、そのことがより周囲との摩擦を生み出している。彼自身が同級生たちとのあいだに率先して壁を作っているようだ。

 そんな春一が変わるきっかけとなったのが、七瀬マミという少女との出会いだった。

『数学ゴールデン(2)』

 入学式の日、「数学 好きなの?」という言葉とともに、いきなり彼の“数学人生”に割り込んできたこの少女が、それまで「一人」だった彼の凝り固まった考え方を徐々に変えていくのだ(余談だがこのマミ、『のだめカンタービレ』の“のだめ”タイプのキャラで、とてもかわいい)。

 やがて、春一は、彼女だけでなく、心を開いて話すことのできる他校の先輩や、良き指導者、また、いまの自分では到底敵いそうにない手強いライバルとも出会い、ともに試練を乗り越え、さらなる高みを目指すことになる。

 こうした物語の構造ないしキャラクターの立て方は(本作はコメディ調のノリで描かれているため、一見わかりにくいのだが)実は、王道の“英雄譚”そのものだといっていい。

 具体的にいえば、それは、「“天命”を受けての非日常的世界への旅立ち(=数学オリンピックへの挑戦)」、「メンター(師匠)との出会い(=数学オリンピック銀メダル受賞者・筧十三との出会い)」、「イニシエーションの経験(=ライバルとの出会いや、数学オリンピック対策講座などでの猛勉強)」といった描写の数々から読み取れるわけだが、これらは、ジョーゼフ・キャンベル(神話学者)が古今東西の神話(英雄譚)の基本構造として提唱している要素ともかなり近いものがある。

 藏丸竜彦がそこまで考えてこの物語を作っているかどうかは不明だが、少なくとも、こうしたいくつかの“神話的”な要素は、作者が描きたいのは、ただの奇人たちによるコメディではなく、数学という名の武器を手にしたひとりの“英雄”が、頼れる仲間たちと出会い、修行を積み、より巨大な難問に立ち向かっていく成長譚だということを物語っている。

 第2巻の終盤で、春一は、師匠の筧にこんなことをいう。(「すげぇヤツ」にぶつかっていくのは)「…怖いですけど それより すげぇ問題を 解きたい気持ちが 強いんで」。もちろん彼がこう思えるようになったのは、数学を通して、頼れる仲間や師匠、ライバルたちと出会えたからであり、そのことで「色んなはじめてが 僕の中に 増えて」いったからだろう。

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