『ブルーピリオド』美術の魅力はアニメ化でどう表現される? 原作の漫画表現から考察
当初は「美術を楽しいと思ってくれたらいいな、敷居が高くなくなると良いな」という気持ちがありました。一方で、マンガにすることで「美術やりたくないな」と思われるのは嫌だなとも。
この文章は2021年10月よりアニメ放映が開始される『ブルーピリオド』の作者「山口つばさ」氏が、インタビュー(マンガのとりこ『美術を楽しいと思ってほしい「ブルーピリオド」山口つばさ』)で本作を描き始めたきっかけについて答えた言葉である。
友人と徹夜で酒やタバコを楽しむ一面がありながら、成績は優秀でクラスメイトからの人気も高い高校生「矢口八虎」。本作は美術室で目にした1枚の絵がきっかけとなり、八虎が美術の道を歩む姿を描いた漫画だ。日本では敷居が高いと感じる人も多い美術を、山口氏は漫画という形式を用いてどのように表現しているのだろうか。本稿ではアニメ放映の開始に先駆け、漫画『ブルーピリオド』で見られた表現の工夫を振り返っていく。
漫画を象徴とする技法が用いられたエピソードとして2巻「【八筆目】受験絵画」が挙げられる。とある生徒が予備校をやめることとなった際、講師である「大葉先生」は指導の難しさを感じながらため息をつく。このとき大葉先生の肩の上には複数の線が描かれている。
漫画では風が吹いている様子を表現するために、空間に複数の線を描くことで目に見えない空気の流れを表現する技法が普及している。本作においても大場先生の肩の上に線を描くことで、線は対象の動きを表す記号としての役割を獲得し、文字通り肩を落とす様子の表現を可能としている。
また3巻「【10筆目】言いたいことも言えないこんな絵じゃ」で創作に悩む八虎は、自分の身長の高さほどの大きさを誇るキャンバスに絵を描くこととなる。まっさらなキャンバスに筆を走らせる八虎の姿と共に描かれるのは、八虎の思考を表したモノローグだ。
八虎の頭のなかだけで語られる絵に込めた思いや葛藤を感じる言葉の数々。現実で目にすることはできない人間の内にある思考を、読者はモノローグによって視覚的に知ることができる。
しかし山口氏はエピソードの終盤でモノローグを排除し、キャンバスに向き合う八虎を右側から映したコマを連続して配置した。コマのなかに描かれたのは、映す方向と対照的に頭の位置や顔つきを変える八虎の姿。同じ視点から映した複数のコマから、キャンバスに向き合う八虎が過ごした時間の経過、そして作品を創り上げるなかで見られる表情の細かい変化が読み取れる。
山口氏はモノローグなどの文字情報や複数のページ、コマによって構成される漫画の特性を用いて、美術作品が完成するまでに存在していた時間の表現を可能にした。
山口氏が『ブルーピリオド』で表現しているのは創作における過程だけにとどまらない。
本作の魅力のひとつとして美術の世界で息をする個性的なキャラクターの存在が挙げられるだろう。祖母が日本画を好きだったから自身も日本画を選んだことを話す「鮎川龍二」。家族全員が東京藝術大学の出身であり、受験では首席で合格した姉をつよく意識する「桑名マキ」。八虎に「なんでも持ってる人が美術(こっち)にくんなよ/美術じゃなくてもよかったクセに…!」と言葉をぶつけた「高橋世田介」ーー。
創作の過程と同様に、本作では美術作品だけでは知ることがむずかしい、作品を創り上げた人物の背景も知ることができる。作中では登場人物が手掛けた作品も描かれるが、作者の人間性を知ることができるからこそ、作品に込められた意図や思いを理解しやすくなるのだと感じる。