冴羽獠はなぜ最高なのか? 『今日からCITY HUNTER』が受け止めるファンの愛情

『今日からCITY HUNTER』の魅力とは?

 筆者の中の二次元ツートップは、なんと言っても『ときめきトゥナイト』の真壁俊と、『シティーハンター』の冴羽獠です。特に、人生に大きな影響を与えたのは冴羽獠であり、彼を主演とした漫画『シティーハンター』です。

 コミック収集は当たり前、アニメも全話ビデオ録画、CD、グッズを揃え、放課後は『CITY HUNTER BEST COLLECTION』で弾き語りをする日々を送っていました。アニメ業界に入ったのも、いつの日か『シティーハンター』に関わりたいと思ったから。もちろん、あわよくば声優・神谷明さんに名前を呼んでもららいたいと妄想もしていました。

 冴羽獠がそばにいては結婚生活に集中できないと、実家を出る前にコミックスを全て手放したのは、懐かしい思い出です(結局全巻買い直しましたが……)。つまり何が言いたいのかというと、『シティーハンター』は最高の作品であり、冴羽獠は最高の男なんです。

 この考えが筆者だけでないことは、2019年に20年ぶりに映画化された『映画:劇場版シティーハンター〈新宿プライベート・アイズ〉』がロングラン大ヒットしたことでも証明されているでしょう。そう、ファンは今でも心から『シティーハンター』を求めているのです。

 それにしても、なぜこんなにも『シティーハンター』が愛されているのでしょうか?  今回は、筆者の『シティーハンター』愛と、パラレルワールド『エンジェル・ハート』に対する複雑な感情、異世界転生スピンオフ『今日からCITY HUNTER』に対する感謝を書き綴っていきたいと思います。

大人になることを教えてくれた『シティーハンター』 

 80年代といえば、ハリウッドは空前のマッチョブーム。アーノルド・シュワルツェネッガーやシルベスター・スタローン、ドルフ・ラングレンにジャン・クロード・ヴァンダムといった肉体派俳優が銀幕を飾っていました。男は男らしく、という価値観はいまや古いものになりましたが、それはそれでアツい時代だったと言えるでしょう。

 そんな、ハードで強い男を求める風潮がある中で、『シティーハンター』はデビューしました。連載当時は、殺しの依頼や死の麻薬組織 ユニオン・テオーぺ、死を恐れない殺戮マシンを製造するエンジェル・ダストなど、ハードでダークな雰囲気が全面的に押し出されていました。

 しかし、前作『キャッツ・アイ』ほどの人気を得られなかったことから途中で加えられたテコ入れにより「すけべ」と「もっこり」がギャグ要素を高め、2枚目だけど3枚目キャラ、しかしやるときはしっかりやる、今の冴羽獠像が形成されていきました。

 冴羽獠の魅力は書き切ることができませんが、筆者が何故現実と混同してまで彼にハマったのかといえば、おそらく顔です。北条先生の描く冴羽獠は端正な顔立ちをしているものの、解剖学的に極端なまでのデフォルメが加えられているわけではありません。目も日本人らしい二重で人間っぽく感じられます。体のバランスが良すぎること、身体能力が高すぎて超人的であることを除けば、腕が極端に伸びたり、変身したりといったSFチックな動きをすることもありません。舞台が新宿ということもあり、まるで存在しているかのような錯覚を起こすのに十分なリアリティがあるのです。

 教養に富んでいて博識、運転技術にも長けていて人格者。キザなセリフもサラッと口にして嫌味がなく、友情にもアツいという、どこを切り取っても完璧なヒーローでもあります。

 また、子どもと大人に対する考え方の線引きにも惹かれるものがあります。『シティーハンター』の世界では、子どもっぽい大人は登場せず、成人すれば男女ともに心も体も成熟するものと考えられ、今のような「大人女子」といったコンセプトは存在しません。

 筆者が『シティーハンター』を熱心に愛読していたのは小学生から高校生にかけてですが、成人するタイミングで幼さを脱ぎ捨てなければならない、一人前の女性に成長しなければならないと意識するきっかけになりました。振り返ってみれば、大人と子どもの境界線が曖昧になりがちな現代社会の中で、「大人になるということは」「成熟とは」「人としての深みとは」を教えてくれたのは『シティーハンター』だったと言っても過言ではありません。

 おそらく筆者にとって、『シティーハンター』の冴羽獠は、恋愛対象や、今で言うところの推し対象という以上の、人生観や性格形成を担う部分を支えたキャラクターなのです。

熱狂的なファンにとって悩ましい『エンジェル・ハート』

 筆者の熱烈な愛とは裏腹に、『シティーハンター』は少年ジャンプでの連載が打ち切りになってしまいました。そのため北条先生は最後まで満足の行く形で描き切ることができず、わだかまりが残ったと後のインタビューで語っています。そしてこのくすぶった気持ちこそが、連載終了10年後の2001年から新潮社の週刊コミックバンチにて『エンジェル・ハート』の連載を開始させることにつながったのです。

 冴羽獠が戻ってくるというニュースは、驚きと喜びをもって迎えられましたが、『シティーハンター』の熱狂的ファンは「相棒 槇村香の事故死」という衝撃の事実を突きつけられることとなりました。

『シティーハンター』で生き生きとしていた獠は、香を失ったことで自暴自棄となり、一気に老け込みました。それだけでなく、香の心臓を移植した香瑩(シャンイン)を娘として迎えたことで父性愛にも目覚めます。

 『エンジェル・ハート』は『シティーハンター』の直接的な続編ではなくパラレルワールドという位置付けのため、設定の変更はやむなしではありますが、『シティーハンター』時代の獠と香の関係が全て否定されてしまったような寂しさから『エンジェル・ハート』を受け入れられないといった戸惑いの声をあげるファンも少なくありません。「冴羽獠を好きなら、どんな設定になったとしても応援し続けるべき」「パラレルワールドだと頭を切り替えて物語を楽しむべき」「冴羽獠というキャラクターを見続けることができる幸運に感謝するべき」といった意見もありました。しかし、受け入れられないと『エンジェル・ハート』離れをするファンもいました。ちなみに、獠の変化や父性愛は、北条先生ご自身が父親になったことからきているそうです。

 じつは筆者は途中で応援し続けることに挫折したファンです。理由は、父にクラスチェンジした冴羽獠を思い続けることに罪悪感を覚えてしまったから。

 筆者は途中までコミックを集めていましたが、父性が芽生えて男性ホルモンが減り、どこか哀愁を漂わせる冴羽獠を恋愛対象もしくは推し対象として見続けることに、ある種の後ろめたさを感じるようになってしまいました。香瑩(シャンイン)のために生きる獠をそのような目で見ることは、彼を汚すような気がしたのです。「男ではなく父」になった彼は、筆者にとってキャーキャー騒いでいい対象ではなくなりました。しかし、それまで本気で好きだったために、感情に折り合いをつけることができず、身を引くことにしたのです。

 『エンジェル・ハート』は『シティーハンター』への思い入れが強すぎなければ、問題なく楽しめる物語です。大多数の読者から望まれ、高い評価を受けてきたことは、アニメ化、実写ドラマ化、そして17年も連載が続いたことが証明しています。その事実が冴羽獠ファンとして応援し続けられない自分をずいぶんと長い間苦しめてきました。

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