『ランウェイで笑って』は読者に新しいビジョンを提示した 最後まで貫徹された“ぶれない価値観”

『ランウェイで笑って』貫徹された価値観とは

服は人のためにある

 デザイナーは新しい価値観を提示するもの、という問いに対して、本作の主人公は見事な答えを見せてくれる。それは、本作のタイトルへのアンサーでもある。

 なぜ、ランウェイでモデルは笑ってはならないのか。それは、「モデルが笑わない方が服が良く見えたから」だ。それに対して、育人が出した答えは、「着ている人が笑顔になれる服」を目指し、自分のブランド名を「EGAO」にする。

 そのブランドを立ち上げるまでになった頃には、千雪も「小さい」と周囲に馬鹿にする者がいないくらいにモデルとして成長していた。

「俺らは周りの常識を変えたんです。だから後は、世界を変えるだけ」

 そう言って、育人は千雪をランウェイに送り出す。さらに、育人はモデルの血色や体型に合わせてランウェイ上で手直しするショーを行うようになる。それは服が主役ではなく人が主役という価値観への転換だ。

 現実のモデル業界では、痩せすぎのモデルを規制する動きが数年前から強まっている。それはモデルが過度なダイエットなどで健康を害するケースが後を絶たないからだ。なぜモデルはそこまでして痩せるのか。それは痩せていた方が服が良く見えるという価値観があるからだ。

 ならば、多種多様な体型の人が来ても魅力的なデザインを作れば、その価値観は変えられる。制度やルールに頼る前に、デザインが世の中を変えることができるはずだと本作は描いている。1巻で育人は、「服は人を変えられる」と言った。そして、この作品は人だけじゃなく社会だって変えられると描いている。

 『ランウェイで笑って』はそういう夢を読者に見せてくれた。猪ノ谷言葉は読者に、世界がこうなれば良いというビジョンを示せる稀有な作家だ。次はどんな夢を見せてくるのか、次回作が早くも待ち遠しい。

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