漫画『しあわせは食べて寝て待て』が表現する他人事ではない切実さ 出会いと薬膳が運命を変える?

漫画『しあわせは食べて寝て待て』レビュー

司と薬膳に惹かれ

 内覧の日、頭痛に苦しめられていたさとこは、鈴さんに渡された大根をしぶしぶかじってみたところ、時間をおいて、痛みがすっかり取り払われたことに気づく。次に近くを通りかかり、家に招待されたときは、司に「風邪をひいているのに老人の家にくるなんて非常識だ」と追い返されてしまうのだけど、追いかけてきた彼がジャーに入れて渡してくれたスープは、さとこの身も心もあたたかくほぐしてくれた。鈴を中心に昔ながらの近所付き合いが残っている環境と、司と薬膳に惹かれたさとこは、すぐに引っ越しを決めるのだ。

 が、さっそく司に教えを請おうとしたところ、「病人には責任が持てない」と突き放され落ち込んださとこだが、まずは自分から一歩踏み出そうと、勉強をはじめる。背中を押してくれたのは、鈴のやわらかい笑顔と、言葉だ。

 〈これまでの自分と比べるからしんどくなるのよ〉〈お金が無いなら無いなりに 体力が落ちたなら落ちたなりに けっこう楽しいことって起こるわよ〉〈「果報は寝て待て」っていうじゃない 運が巡ってきたときのために 少しでも元気になっておきなさい〉

  さとこが一から学ぶ薬膳の知識は、読者にも簡単に実践できるものばかりで、勉強にもなる。ゆううつなときには、ジャスミン茶。気の巡りがよくなるように、陳皮(ミカンの皮を干したもの)を加えるのもよし。梅雨の時期は胃や消化器の働きを補ってくれる、黄色い食材がおすすめ。トウモロコシは、体内の水の巡りもよくしてくれる。秋は、白い食材。豆腐やとろろなどがおすすめ。季節の巡りとともに、旬の食材をとりいれて、自分の身体をいたわっていくことで、さとこの心の傷も少しずつ癒え、職場の人や司とも少しずつ距離が縮まっていく。

 とはいえ、あまりに薬膳を徹底した生活は面倒だし、そもそも身体にいい食材は、いいお値段がするものも多い。だから、自分なりに続けられる程度のゆるやかな気持ちでいいのだと、あとがきで著者・水凪トリも書いている。大根をかじって頭痛が治ることもあれば、かえってひどくなることもある。薬膳の効果は、体質だけではなくそのときの体調や痛みの原因によっても違うのだと、身をもって体感しているから、自分の状態にあわせて、実験してみるつもりで楽しめばいいのだと。

  持病があってもなくても、仕事をしてもしていなくても、身体が資本であるのは誰しも同じ。さとこと一緒に、本当の意味で自分を労わることを学んでいきたい。

■立花もも
1984年、愛知県生まれ。ライター。ダ・ヴィンチ編集部勤務を経て、フリーランスに。文芸・エンタメを中心に執筆。橘もも名義で小説執筆も行う。

■書籍情報
『しあわせは食べて寝て待て』
著者:水凪トリ
定価:748円(税込)
出版社:秋田書店

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