柚月裕子が語る、善悪の境の曖昧さ 「“何が正しいのだろう”という問いは延々と紡がれていく」

『月下のサクラ』柚月裕子インタビュー

人は矛盾だらけの現実を自分に納得させながら前に進むしかない

――今作でも名前だけ登場しますが、その人なりのやり方で泉の想いに報いようとしているのかな……とも感じますしね。

柚月:その人もきっと、泉の正義を否定しているわけじゃない。立場的には敵対することになってしまっても、個人としては尊重したい部分もあるんじゃないのかな。「とかくこの世は生きづらい」というのは夏目漱石の言葉ですけれど、ときには守りたかったはずの何かを犠牲にして、後悔もはらみながら、おかれた場所で役目をまっとうするために、人は矛盾だらけの現実を自分に納得させながら前に進むしかないんですよね。

――泉が親友の死を超えて、新たに上司となった黒瀬が過去の事件の悔いを抱えて、警察官でありつづけるように。

柚月:それが生きていくということですからね。後悔するのは、自分が悪かったと認めているから。他人に「あなたは悪くない」と言われたところで、自分がいちばん、自分の弱さや至らなさを自覚しているから、逃げることができないんです。でも、真正面から向き合うのはつらいから、考えるのをやめることで曖昧にして、消えない自己嫌悪を抱え続けてしまう……。本当に前に踏み出すためには、やっぱり向き合わないといけないんです。なぜ自分はその行動をとったのか、その過程と結果に納得することができれば、たとえ間違っていたとしても「次は絶対に同じ轍はふまない」と決意することができるし「いたしかたなかった」と思えることで自分を許せるかもしれない。そうやって、一歩はむりでも半歩でいいから前に踏み出したい、踏み出さなければと強く自分をふるいたたせる姿が、人として尊いのだといつも思います。自分自身が「もう何も考えたくない!」って思うほど自己嫌悪だらけの人間だからこそ、泉には強くありたいという希望を託してみました。

――泉はひとりじゃない、というのも大きいですよね。出会った当初の黒瀬も、ほかの同僚たちもだいぶイヤな感じでしたが、ともに働くことで生まれる信頼関係が泉を強くしていく。泉が、ちっとも黒瀬のことを好きにならない感じがとても好きでした(笑)。好きじゃないけど、その働きざまを見て信頼はする。というのは仕事上でとても理想的だなと。

柚月:ありがとうございます。「この人は信用できる」と思えることって、人と人とを根本的に結びつけるうえでいちばん重要だと思うんですが、それは仲良しであることとはちがうと思っていて。いかにつかず離れずの関係をたもちながら、泉と黒瀬、起動分析係のメンバーのあいだに信頼を育ませていくかは、意識していたところです。

ーーちなみに、泉が黒瀬たちと居酒屋で話し合う場面で、郷土料理や地酒の名前がさらりと登場するのが印象的だったんですが、お酒はお好きなんですか?

柚月:やっぱり、バレちゃいますか(笑)。好きですし、取材旅行をしたときは必ず郷土料理をいただくことにしているんです。ただおいしいだけじゃなくて、貧困や飢饉をしのぐために生まれたものだったり、その土地に紡がれてきた歴史が関わっていることがとても多いんですよね。お酒も、その土地の料理にいちばん合うようにつくられていることが多くて、雪深い内陸の酒はガツンとくるとか、沿岸沿いだと淡白な魚にあうあっさりした味だとか、特徴を知っていくのがすごく楽しい。私が必ずモデルとなる土地を訪れるのは、その土地に実際立ったときの自分がどう感じるのかを体感したいからで、ひいてはその気風のなかで起きた事件に悲しみを抱くのか憤りを感じるのかを知りたいからなのですが、郷土料理や地酒をいただくのもその一環ですね。

――柚月さんの小説で魅力的なのは、あっさりとした文章の裏に、さまざまな思惑と知識が詰まっているのを感じるからだと思うんです。語られていない何かが潜んでいる気配がある。だからこそ、何気ない一文も何かにつながるんじゃないかと思わされて、決して読み逃せない。

柚月:ありがとうございます。小説はガイドブックではないので、ストーリー上必要のない情報は入れないようにしていて、あくまでもミステリーを楽しむ読者の邪魔をしない文章を心がけてはいます。それでも取材し、自分なりに知識と体感を吸収するのは、自分がただの読者だったころに読んで好きだった小説が「この一行の裏にどれだけの知識があるんだろう?」と思わされるものばかりだったから。篠田節子さんの『ハルモニア』や『カノン』、小池真理子さんの『冬の伽藍』、三浦綾子さんの『氷点』……。何度も繰り返し読んだ大先輩の文章を、頭の中で今も追いかけ続けています。

――語られてないがゆえに想像をかきたてられる、ってことはたくさんありますよね。

柚月 私がはじめて読んだ本格的な小説は『シャーロック・ホームズ』なんですが、シリーズのほとんどはワトソン視点で、ホームズ自身が「私はこう思った」と語る作品は短編一本しかないんです。ホームズの生い立ちも、何を考えているかも、基本的には描かれない。だからこそ「本当はこう考えているんじゃ」とか「こういう過去があったから今のホームズがあるんじゃないか」とか想像をかきたてられて、わくわくさせられる。さまざまな作家や映画監督がホームズの作品を作り続ける理由のひとつは、そこにあるんじゃないでしょうか。私も小説を書くからには、読者に想像する楽しみを味わっていただきたいですし、時間を忘れてつい読みふけってしまった!と思ってもらえるような作品になっていたらうれしいですね。

――二転三転する事件のなりゆきも、泉をはじめとするキャラクターたちの群像劇も、とてもおもしろかったです。ぜひ三作目も読みたいのですが……その際は、前作で泉と友達以上恋人未満の関係だった磯川さんは登場するのでしょうか……?

柚月:出てきませんでしたね(笑)。最初に言ったように、今作だけでも楽しんでもらえるものにしたかったので、彼はまあいいかな、と思ってしまって(笑)。三作目を書けるかどうかは、ご依頼次第なのでこればかりは私からはなんとも言えませんが……(同席の担当編集からぜひとの声)、もし三作目があるとしたら、頑張りたいと思います。でもまずは、晴れて警察官になった泉の活躍をご堪能いただければ幸いです。

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■書籍情報
『月下のサクラ』
柚月裕子 著
定価:1870円(税込)
出版社:徳間書店

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