宝塚歌劇団はなぜ100年を超えて生き残っている? 元総支配人が語る、ウィズコロナのエンタメ産業のあり方
コロナ禍以降のエンタメ産業が宝塚に学べることとは?
――本の中には宝塚以外にも参考になるだろうポイントとして「3密が関係ないプロセス消費を発想の中心に据えればウィズコロナでも戦略の幅が広がる」とありました。これは具体的には?
森下:たとえば宝塚では、ファンが生徒(タカラジェンヌ)に若いときから目を付け、退団までの10~15年にわたる成長プロセスを楽しんでいただくことがマーケティング戦略のひとつの柱になっています。コロナ禍でリアルに触れ合う機会が減ったとしても、限定された人数でのファンミーティングなどを通じてプロセスを楽しむことはいくらでもやれますよね。宝塚ではもともと「ありそうでないもの」「手が届かないもの」であることが重要ですから、多少届かないこと自体はそれほどマイナスにならないのではないかな、と。「プロセス消費」という視点で捉え直すことで「公演を売る」といった発想から抜け出し、まったく違う切り口のビジネスアイデアが考えられると思っています。
――宝塚に対する新型コロナウイルスの影響をどう見ていますか。
森下:宝塚はお芝居とショーの二本立てですが、ショーは早変わりをする必要などもあって舞台裏のスタッフまで含めてどうしても狭い空間に大人数が集まる「密」の世界になります。それを避けるように演出を変更すると、ダイナミズムが失われる可能性がある。
しかし、ファンは何を観に来ているか。応援しているスターです。ですからお目当てのスターの魅力が最大限発揮されるような演出や見せ場をこれまでとは別のかたちで表現できれば、満足度はそれほど落ちないだろうと考えています。
――森下さんは以前「宝塚に弱点は見当たらない」と書かれていましたが、コロナ禍以降も考えは変わりない?
森下:ないですね。コロナ禍でどの業界でもあてはまるレベルでの外部環境の変化を被るのは仕方ないですが、宝塚歌劇の一連のしくみを根本的に変える必要はまったく感じません。
――「ウィズコロナでは『世界観』の共有が重要になる」ともありましたが、これも解説いただけますか。
森下:「世界観」とは所属欲求を満たしてくれるコミュニティのことです。宝塚は「ありそうでない」男役こそが「世界観」であり、ファンにとっては「私達だけが知っている世界」として存在しています。たとえ外に出ていけなくても、差別化された世界観が共有されていれば、リモートでも集まって情報共有する、インプット/アウトプットする場として機能します。そういったものを作り込むことができれば、環境変化に対しても強くなれるんです。
■森下 信雄(モリシタ ノブオ)
阪南大学流通学部准教授。1963年、岡山県生まれ。86年、香川大学卒業後、阪急電鉄に入社。98年、宝塚歌劇団に出向。制作課長、星組プロデューサー、宝塚総支配人などを歴任。2011年、阪急電鉄を退職、関西大学等で講師を務める。18年、阪南大学流通学部専任講師、19年から現職。著書に『元・宝塚総支配人が語る「タカラヅカ」の経営戦略』(KADOKAWA)、『タカラヅカの謎』(朝日新聞出版)がある。
■書籍情報
『宝塚歌劇団の経営学』
森下 信雄 著
価格:1,760円(税込み)
出版社:東洋経済新報社