『テスカトリポカ』が克明に描き出す「麻薬カルテルの論理」 一級のノワールを堪能せよ

一級ノワール小説が描く麻薬カルテルの論理

 『テスカトリポカ』という聞きなれない単語は、メキシコにかつて存在したアステカ文明の神話における最強の神の名前だ。名前の意味は「煙を吐く鏡」。このタイトルからわかるように、この小説ではアステカ神話が極めて大きなキーとなる。

 バルミロの祖母はメキシコの先住民族(インディヘナ)で、スペイン名の「リベルタ」とナワトル語の「テスカキアウィトル」という名前を持つ。この祖母はアステカの呪術と神話を強く受け継いでおり、バルミロはその影響下で育てられた。

 アステカは多数の戦士たちを擁する、軍事的な国家だった。周辺国と戦争を繰り返し、数多くの奴隷を獲得した。それに加え、正確な暦とそれに基づく呪術もこの国家の特徴である。神官が生贄となる人間の胸を切り開いて心臓を取り出し、それを神に捧げることを重要視するこの伝統は、『テスカトリポカ』でも何度も言及される。

 現在の目で見れば残虐な方法で生贄を神に捧げるのも、アステカの人々からすればちゃんと理屈が通っている。神々に生贄を捧げ心臓を食してもらうことで暦の通りに天体が動き、アステカは栄えることができる。そうであるならば、アステカのために犠牲になる生贄は素晴らしい名誉を背負った存在であることになり、彼らはアステカを存続させるために不可欠ということになる。否定するか肯定するかは置いておいても理屈は通っており、バルミロという男はこの「古代アステカの論理」と「現代の麻薬カルテルの論理」が二重に重なった存在として描かれる。

 『テスカトリポカ』はまず何をおいても一級のノワールであり、暴力描写が吹き荒れる血なまぐさい小説である。しかし、理不尽にも見える暴力の背後にはきっちりと論理の筋が通っている。そして論理的であるからこそ、この小説の暴力は身も蓋もない。「市街地で人間を撃ち殺すなら消音器付きの散弾銃は最適である」という結論が出たならば、それを乱射してターゲットをズタズタに撃ち殺す。もっとすごい銃もあるのに、というガンマニアの意見は通らない。この身も蓋もなさ、ドライさは、理屈が通っているからこその味わいだ。

 そしてバルミロとその協力者たちの手によって、現代の資本主義社会と麻薬カルテルと古代アステカの論理が精密に重なり合い、あるビジネスへと結実する。現代社会の屋台骨になる論理と、15世紀のアステカの神話を支えた論理が、一つの軸でしっかりと繋がるのである。遠く離れた論理と論理が想像もしなかった方法で縒り合わされ、一つの巨大な絵図になって浮かび上がる。この瞬間こそが、『テスカトリポカ』の強烈な魅力である。

 そういう意味で、『テスカトリポカ』は極めて理屈っぽい小説だ。理屈しかない小説と言ってもいい。この小説の中で行われる殺人に怨恨はほぼ存在せず、巨大な利益をあげるため、そして神と殺人者の欲求に捧げられるために、多くの人が死ぬ。精密な理屈の重なり合いによって人間が残虐に殺され尽くす光景は、ある種機械的な印象すらある。そしてその機械の上には、煙を吐き出す黒い鏡の姿をした神が君臨している。

 正直言って、読む人を選ぶ小説なのは間違いない。ダメな人は徹底してダメな内容だと思う。しかし、ダイナミックな論理の接続の物語としての『テスカトリポカ』は、メキシコ麻薬戦争を題材としたほかの物語と比較しても頭二つほど抜けた出来栄えと言っていい。血塗られた論理が縒り合わされた先にある暗黒を見たい人は、是非とも手に取ってほしい一冊である。

■しげる
ライター。岐阜県出身。プラモデル、ミリタリー、オモチャ、映画、アメコミ、鉄砲がたくさん出てくる小説などを愛好しています。

■書籍情報
『テスカトリポカ』
著者:佐藤究
出版社:KADOKAWA
価格:本体2,100円+税
https://www.kadokawa.co.jp/product/322003000419/

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