燃え殻×爪切男が語る、諦めながら生き残る方法 「行く先を変えるのも大きなエネルギーが必要なこと」
燃え殻が新刊『夢に迷って、タクシーを呼んだ』を3月21日に、爪切男が新刊『働きアリに花束を』を3月19日に、共に扶桑社より発売した。『週刊SPA!』(扶桑社)で同時期に連載をしていたふたりはプライベートでも親交が深く、お互いに共通点を感じる部分が少なくないという。
ふたりの対談の前編【爪切男×燃え殻が語る、悲喜こもごものアルバイト体験】では、爪切男の『働きアリに花束を』にちなんで、それぞれが体験した仕事について語った。後編では、物書きとしての共通点や、世代的に共通する“諦め”の感覚について語りあった。(編集部)
物書きとしての共通点は?
燃え殻:物書きには、華々しい経歴があって、恵まれた人生を送っている方も少なくないと思うのですが、僕らは共に地下格闘技上がりというか、ファイトスタイルこそ違えど同じ興行に出ていた同志だって、僕は勝手に思っています。爪さんがどんなにスターダムにのし上がっても、やっぱり通じるところがあるんじゃないかな。
爪切男:たぶんお互い、いろんな嘘をつきながらもなんとか頑張ってきたタイプなんだろうなっていうのは、一緒にいて感じますね。良いことじゃないけれど、他人にも自分にも嘘をついて、その嘘を本当にする努力をしてきたというか。正直、燃え殻さんが注目されはじめたときは、「面白い本だけど、どうせサラサラヘアーのいなせな撫で肩の男が書いているのだろう」と思わなくもなかったですけれど、お会いした瞬間に「あ、同類だ」と思いました(笑)。たぶん、世間は燃え殻さんのことをちょっと誤解しているんじゃないかな。
燃え殻:僕の書いたものを読んでくれている人は、爪さんのこともフォローしてくれるんですよ。でも、爪さんの本を読んでいる人は、僕のことを好きじゃないみたいで。
爪切男:そんなことないよ(笑)。でも、燃え殻さんが書いていたように、自分とは違う世界の人かと思ったら、同じ漫画や音楽が好きだったとわかった瞬間に相手を好きになることってあるじゃないですか。だから、ちゃんと燃え殻さんのことを知ってくれれば、いろんな誤解も解けると思います。
燃え殻:どうだろう……。でも僕自身は間違いなく、プロレスもそうですけど、メジャーなものからインディーズのものまで、いろいろなカルチャーに憧れていたタイプのごく一般的な人間でした。なぜか「お前はこっちの人間じゃない」って、いろいろな人たちに煙たがられるんですが(笑)。
爪切男:僕と燃え殻さんは文章のアプローチの仕方が違うだけで、作品をちゃんと読んでみれば、燃え殻さんがモテてきた部類の人ではないのはわかるんですけれどね(笑)。にじみ出るオーラが良い感じに濁ってる。気持ちの良い濁りというかそれは僕からすればホッとするというか。でもなぜか、モテる側だと思われてますよね。そうあって欲しいと願われてるというか。
燃え殻:真っ正面からモテたいですが、なかなか難しいですね……。爪さんと同じく『SPA!』で書いている、同じ部類の物書きだって思ってほしいです。円形脱毛症を早く直さないとなあ。
ひ弱に見えて、実はしぶとい燃え殻
爪切男:燃え殻さんは、この『夢に迷って、タクシーを呼んだ』でけっこう素の自分を出していますか?
燃え殻:これが2冊目だということもあるんですけど、以前よりは楽に書いていると思います。
爪切男:そうですよね。それは読んでいて感じました。俺について書いてくれた回は、書籍化にあたって絶対にカットされるだろうと思っていたんですけれど、ちゃんと残してくれて安心しました(笑)。
燃え殻:ちゃんと残してますよ(笑)。でも、こういう風に日常で起こった出来事を淡々と書いていくというのは、正直怖いところもありましたね。やっぱり、話の中にもっと山場を作ったほうがいいんじゃないかとか、こういう風に書いたほうが喜こんでくれるんじゃないかとか、そういう気負いがなかったとは言い切れない。最近になって、ようやく力を抜いて書くことができるようになってきました。連載終わった頃に慣れてきました。完璧にやらなきゃいけない、は精神が参ってしまうので、まあまあできたらそれで良し、とするのも大切だなってわかりました。
爪切男:燃え殻さんが日常の出来事を淡々と書いているのを毎回読んでいましたけれど、なんというか、嬉しかったですよ。「ああ、燃え殻さんもいろいろある中で、なんとかやっているんだな」って思えて。あと、日本昔話的な結末というか、すごいハッピーエンドやバッドエンドが待っているわけじゃなくて、なんとなく日常が続いていくっていうTo be continuedな感じもよかったです。しかも、そのなんとかやりきっている日常の先で、実際に燃え殻さんは創作小説とか少しずつステップアップしてるじゃないですか。それを見て「俺も頑張ろう」と感じる人は多いと思うんです。実際に俺も、そういう燃え殻さんに刺激を受けるからこそ一緒にいて楽しくて、プライベートでも飲みに行ったりしているんで。それなのに「自分はもうすぐ終わります」とかよく言うでしょ? 頼むから沈没しないでほしいです。
燃え殻:一つずつレンガを積んでくような日々ですが、がんばります。
爪切男:でも、燃え殻さんはなかなか沈没しないタイプだって、最近は思っていますけどね。ひ弱に見せておいて、実はしぶといというか、人間的な強さがある。下に生えている根っこが俺なんかよりも図太いんですよ。
燃え殻:本当にひ弱ではあるんだけれど(笑)、ムキになるタイプではあるかも。「クッソ、やってやる!」という気持ちが常にあるから、それでなんとかやってこれました。
爪切男:その無造作ヘアーも、無頼派の文豪ヘアーに見えてきた。
燃え殻:美容師に「老化によって毛穴が重力に引っ張られると、楕円になりこうなります」って言われました。もう無理なんです。加齢と過労です。その辺りは諦めましたよ。
爪切男:そういう諦めてるところが、俺たちの共通点かもしれないですね。俺は、自分が髪の毛云々でモテるタイプじゃないなって気付いてから、面倒臭いのでずっと坊主にしてます。もうそんなに将来を見ていないというか、2~3年後にこうなりたいとか、未来予想図がまったくない。
燃え殻:だって、2~3年前にこの仕事してるって思っていなかったですからね。考えてもしょうがないですよ。さらに2~3年先になにをやってても、その仕事を頑張るしかないです。
爪切男:そうなんですよ。だから、人生面白いなと思います。今はコロナとかなんとかで、たぶんほぼ100%の人が将来に対してなんらかの不安を抱いていると思うんですけれど、ただ不安がって生きていてもしょうがないから、とりあえず目の前のことに向き合っていくしかないんですよね。よく人生相談で「明るい未来が見えません」なんて言われることがあるんですけれど、それが当たり前ですから。過ぎたことやどうにもならないことを悔やんでも仕方ないし、潔く諦めて、今をなんとなく乗り切るしかない。
燃え殻:はい。今の状況で明るい未来が見えている人がいるとしたら、LSDかなんかの幻覚でも見ているんじゃないかと思います(笑)。ただ、その諦めるっていうのが、意外と難しいんだ。粘りに粘って夢を達成するのはもちろんすごいことだけれど、ずっと頑張ってきたことをパッと手放して、自分の行く先を変えるというのもまた大きなエネルギーが必要なことなんですよね。だから、諦めることも立派な決断だと思います。
爪切男:俺らのような世代は、ずっと世の中のいろんなものに振り回されてきましたしね。例えばですが、CDが一番売れていた時代を知っているし、CDを買わなくなっていった過程も知っているじゃないですか。昔は友達から借りたCDを一生懸命に聴いていたのが、MP3になってなんでもかんでもデータ化するようになって。ゲームにしても、お笑いにしても、発展すればするほど、同時に虚しさが生まれることもよくわかっている。インターネットはその際たるもので、なにかが実現するたびに影ができるもので、俺なんて出会い系でいろんな女性と出会ったがために、心の埋まらなさをより深く実感する羽目になりました(笑)。ロストジェネレーションなんて言われる俺らの世代は、そういう虚しさをすごく感じながら生きてきたのかなと思います。だからこそ、明るい未来を思い描けないことや諦めることを、あまりネガティブに捉えていないのかもしれない。