『SLAM DUNK』桜木と流川の「特異な関係」とは? 読者を惹きつけた理由を考察
“初心者”の桜木花道に“すべて”を託した
実際、物語の最終章で山王工業との壮絶な試合を湘北高校が制したのは、桜木が流川に、そして、流川が桜木にパスを出したからにほかならない。
まずは試合時間残り約30秒の段階で、流川が放とうとしたシュートが山王工業・河田によって阻止されてしまう。誰もが万事休すだと思ったが、桜木だけは諦めずに体勢を崩しながらも弾かれたボールに飛びつき、それをものすごい形相で流川に向かって放り投げる。「お前が決めろ」といわんばかりに。そしてその“想い”を、流川はしっかりと受け止めるのだった……。
さらにもうひとつ。残りあと約2秒の段階で、再び流川はシュート体勢に入る。しかし相手チーム選手の固いディフェンスが目の前に立ちはだかってくる。点差はわずか1点だが、このままでは湘北の負けだ。……と、その時、流川の視界の隅に髪を赤く染めた元不良少年の姿が入ってくる。「左手は そえるだけ…」。“天上天下唯我独尊男”であるはずの流川楓は、この土壇場で、“初心者”の桜木花道に“すべて”を託すことにした。パス――……。
この2つの場面は、何度読み返しても(その後に何が起きるのか、わかっているにもかかわらず)、胸が熱くなるのを抑えられない。
むろん、桜木にとっても、流川にとっても、反りが合わないチームメイトにパスを出すことよりも、いま戦っている試合に負けることのほうが我慢ならない、ということもあっただろう。だが、実はこの山王工業戦以前にも、ふたりの「友情」――とまではいえないかもしれないが――少なくとも互いへの厚い“信頼感”のようなものが、「伏線」として描かれている場面がいくつかあるのだ。
そう、冒頭で私は、あえてふたりの関係のことを、「心が通じ合っているのかいないのかわからない」と書いたが、実は最終章にいたるまでに、桜木と流川が、お互いのことを心の底では認めているようなシーンが、ところどころで挿入されているのである。
特に注目すべきは、ジャンプ・コミックス版の15巻、湘北高校と海南大附属の試合のクライマックスだろう。そこでは、先に書いた山王工業戦の白熱した展開を予感させるような、桜木と流川の心のつながりが描かれている。
まずは、残り時間約1分半の段階で、桜木が、ラインを割りそうになっていたボールを強引に中に戻すシーンがある。例によって(?)桜木は危険を顧みずに、そのまま相手チームのベンチに身体ごと突っ込んでいくのだが、ボールは流川の手に渡る。それを見た桜木は叫ぶ。「ルカワ マグレでも何でもいいから入れろ――――っ!!!」
それまでの桜木なら、決してそんなセリフは叫ばなかったと思うが、ボールを受け取った流川は、「マグレがあるか どあほう!!」などと文句をいいながらも、豪快にシュートを決める。しかし、そのシュートとともに彼は力尽き、ベンチに下がらざるをえなくなるのだった……。
そして、残り時間あと約20秒というところで、名ガード・宮城のトリッキーなプレイにより、今度は桜木にダンクを決めるチャンスが回ってくる。そこで、ベンチで試合を見守っていた流川もまた、思わず立ち上がって桜木に向かってある言葉を叫んでしまうのだが――そのとき彼がなんといったのかについては、実際に単行本を読んで、胸を熱くしてほしい。
いずれにせよ、この海南戦が行われている段階では、桜木は桜木なりに(バスケットの実戦経験を多少は積んだ結果)流川のアスリートとしての凄さを理解できるようになっており、一方の流川は、もともと桜木のことを、入部前の赤木との対決を見て以来、認めてはいるのだ(モノローグのセリフで「やるじゃん 桜木…」ともいっている)。
とはいえ、最終回で描かれている浜辺での桜木と流川のやり取りを見るかぎりでは、山王工業との激戦を経たふたりの関係が大きく変わったようには思えない。だが、少なくとも、ここぞという場面では、躊躇せずにパスを出し合える程度の仲には“進展”しているのではないだろうか。そしてその桜木・流川の“ホットライン”は、きっと、頼れる3年生たち(赤木・木暮)が抜けた穴を埋めるどころか、これから先の新しい湘北バスケ部の力強い“武器”になることだろう。
■島田一志
1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。Twitter。
■書籍情報
『SLAM DUNK(8)』
井上雄彦 著
定価:429円(税込)
出版社:集英社
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