『流浪の月』『少年と犬』『半沢直樹』……文芸書の年間ランキングから考える「逃げる場所」としての小説
年間ベストセラー【単行本 文芸書ランキング】(12月1日トーハン調べ)
1位 『流浪の月』凪良ゆう 東京創元社
2位 『少年と犬』馳星周 文藝春秋
3位 『半沢直樹 アルルカンと道化師』池井戸潤 講談社
4位 『クスノキの番人』東野圭吾 実業之日本社
5位 『一人称単数』村上春樹 文藝春秋
6位 『オーバーロード(14) 滅国の魔女』丸山くがね KADOKAWA
7位 『ライオンのおやつ』小川 糸 ポプラ社
8位 『medium 霊媒探偵城塚翡翠』相沢沙呼 講談社
9位 『熱源』川越宗一 文藝春秋
10位 『転生したらスライムだった件(16・17)』伏瀬 マイクロマガジン社
トーハンの文芸書ランキング、今年の年間1位に輝いたのは4月に発表された本屋大賞に選ばれた『流浪の月』(凪良ゆう)。総合ランキングでは文芸書唯一のトップ10入りという快挙である。本屋大賞受賞後第1作となる『滅びの前のシャングリラ』も発売前重版で10万部突破したことで話題を呼んでいたが、南沢奈央、酒井若菜、三村マサカズといった読書好きで知られる芸能人からも注目する声があがっており、もともとBL分野で活躍していた著者にとって、読者層に大きな広がりを見せた飛躍の年だったといえるだろう。
舞台中止の知らせを受けたコロナ禍で『流浪の月』を読んだという南沢奈央さんは、自身の書評コラムで「読んでいるあいだ、舞台中止のショックを一瞬忘れていた。そもそもわたしが現実から逃げるようにして本を開いたから、余計に世界に没入していたのかもしれない」「逃げる場所を求めてもいいのだ」と語っている。外出自粛の影響で書店に足を運ぶ人も増えたという2020年。総合ランキングでは『鬼滅の刃』や「あつまれどうぶつのもり」の関連書籍が見られるように、逃げ場所として何が最適かは人それぞれ。小説である必要はもちろん、ない。
だが、『流浪の月』で描かれるかつて誘拐事件の加害者と被害者だった2人の男女が、世間からどれほど「普通じゃない」とそしられようとも、できるかぎりで周囲を傷つけないよう繊細に心を配りながら、「こういうふうにしか生きられない」と自分たちのありようを貫こうとするその姿は、小説でしか描くことのできない救いのひとつであると思う。世間の目、自分の信念、大切な人の幸せ。秤にかければかけるほど正解の見えない苦しさの深まっていく今年、本作を読んだことで心を壊さずに済んだ、という人も大勢いるに違いない。
2位の直木賞受賞作『少年と犬』(馳星周)は、東日本大震災から半年後を舞台に、ある犬が6人の飼い主のもとを渡り歩いていく姿を描いたもの。不条理な現実を前に絶望を抱えた人たちが、ほんのわずかな光をたよりに再生していく物語に、今年はとくにうたれる人が多かったのかもしれない。
とはいえ、暗い時世だからこそ現実を忘れ、ただただエンタメ・フィクションの世界に没頭したい、と本を手にとる人も少なくない。今年の夏、待望のシーズン2が放送されたドラマ『半沢直樹』、原作シリーズの最新作が3位ランクインしたように、映像化された作品の“強さ”は文庫ランキングに色濃く反映されている。