「すばる」編集長・鯉沼広行が語る、創刊50年の歴史と変化 「文芸誌としてできることをしたい」

「すばる」編集長が語る、50年の歴史と変化

「すばる」50周年を迎えて

「すばる」2020年1月号(創刊50周年記念号)
「すばる」2020年1月号(創刊50周年記念号)

――2020年1月号の創刊50周年記念号では2017年4月号から「すばる」を担当する重実生哉氏と、リニューアルした「文藝」に携わる佐藤亜沙美氏のデザイナー対談をやりましたね。

鯉沼:はい。その号の表紙は暗いところで「50」の文字が光るんです。

――え、文字があるのはわかりましたけど、光るのは気づきませんでした。

鯉沼:暗くならないと気づかないですね(笑)。しかも先に光を当てたうえで。かなり前にキュレーターの長谷川祐子さんと美術展のカタログについて話していたときに蓄光印刷のアイデアが出て、いずれ豪華本などを作る機会があったら実現したいと長年思ってたんです。「すばる」50周年で特別な表紙にしようと考えたとき、それを思い出して。これについては重実さんはもちろん、社内の制作部、資材部にも世話になりました。

――記念号に年表も載っていますが、編集長になる際にバックナンバーを一通りみたんですか。

鯉沼:はい。50周年記念号に関して堀江敏幸さんとお話ししたとき「全目次などは載せるんですか」と聞かれて、うーんそれは無理と思ったんですけど、自分が編集長になって50周年を迎えることに責任を感じ、全目次は無理だけど「すばる」の年表は掲載すべきでは?と思ってしまって……。誰にも頼めないので、原稿は自分で書きました。

――ええっ、あの細々した年表を編集長自ら書いたんですか。大変だったでしょう。

鯉沼:そうですね。大変でしたが、幸い、創刊号から現物をみることができたので。校正の方々も相当大変だったと思うので感謝しています。実際に雑誌を手に取るとつい読んでしまったりして、いろいろ思うところがありました。先ほどラテンアメリカ文学の話が出ましたけど、ガルシア=マルケスのインタビューが載っていたり、マーガレット・アトウッドの短篇が掲載された号もあったりして驚くこともしばしばでした。重要だと思う事柄を拾っていきましたが、取捨選択が難しかったです。

――そうやってふり返ってみて5大文芸誌のなかでの「すばる」の特徴は。

鯉沼:うーん、他誌の歴史までは見ていないので……。「すばる」は50年もあるとかなり変化してました。最初の頃は文学だけでなく、美術系のものもあり、翻訳が多いようにも感じた。たぶん美術全集や世界文学全集を出していた影響かもしれないです。時代によってまったく違う感もあり、それは編集長の意向もあるでしょうけど、実際に関わっている当時の編集者たちの個性が誌面にあらわれているのだと思います。僕がスタッフの顔を知っている1990年代の号だとこの人がいたからこうなったのかなとか感じますし。年表をまとめるのは興味深かったし、勉強にもなった。「すばる」は1970年5月に創刊されたので、2020年6月号から、本文の基本文字組と表紙をリニューアルしてます。重実さんと相談し、クラシックな面を持ちつつ、新しさも持たせて、読みやすい文字組にできたのではと思っています。

「すばる」2018年5月号(ぼくとフェミニズム特集)
「すばる」2018年5月号(ぼくとフェミニズム特集)

――近年の「すばる」は、鯉沼さんの前任の羽喰涼子編集長が新たな批評家を求めるすばるクリティーク賞を設立して変化の兆しがうかがえました。また、リニューアル後の「文藝」では「韓国・フェミニズム・日本」の特集が話題になりましたが、その少し前の「すばる」2018年5月号では「ぼくとフェミニズム」という特集を組んでいましたね。

鯉沼:はい。「ぼくとフェミニズム」に関連するコンテンツを、引き続き掲載していきたいです。昨年、すばるクリティーク賞は僕が引き継いでから3回目の選考があったのですが、残念ながら受賞作は出ませんでした。その段階では賞の継続は決まっていなかったのですが、選考委員の熱い議論を聞いて、4回目もやろうとその場で決めました。4回目は受賞作があり、2021年2月号で発表します。

――2020年は群像新人評論賞のほうも該当作なしでした。

鯉沼:受賞作なしというのも見識です。水準に達していなければ出せないですから。批評の賞の運営は、応募作が多くのジャンルにわたることもあって簡単ではありませんが、僕自身も新しい批評家に機会を与える回路が必要だと思っています。

――批評対象が小説や批評に限られていないですし、第3回の選考座談会を読むと松本人志論もあったとか。

鯉沼:はい。もっとマニアックな対象を論じた応募作品もあります。何を取り上げてもよいのですが、対象をきちんと論じたものである必要があります。

――現在、すばる文学賞の選考委員は女性のほうが多いですが、すばるクリティーク賞は男性ばかりです。

鯉沼:自分が編集長に就任したときには現在のかたちだったのですが、選考委員の方々もそれを意識したうえで取り組んでいます。すばる文学賞では5人中3人が女性ですが、実績を積まれた方が選考委員になっていることが反映されていると思います。

――「すばる」には「すばるクリティーク」というコーナーがあって昨年3月号で倉本さおりさんが「少年ジャンプ」論、今年2月号では江南亜美子さんが谷崎由依論を書くなど、女性による評論が普通に載っているんですが。

鯉沼:はい、それぞれ読みごたえのある質の高い評論でした。日本のジェンダーギャップは酷すぎると思っているので、「すばる」でもそれを問い続けたいです。

――一方、2020年では7月号の「気候変動と向き合う」、8月号の「ウイルスとの対峙」といった特集で、これまでの編集経験が活かされている印象を受けました。文芸に寄せ過ぎずテーマと向きあっているというか。

鯉沼:ただ、文芸誌というポジションを崩すつもりはないんです。特集は、このテーマなら売れそうということではなく、社会的にいまこの問題について考える必要があるのではというようなスタンスで、文芸誌としてできることをしたいと思っています。もちろんアイデアは編集部全体で考えてますが。今年は新型コロナウイルスの問題が起きたので、それに応答する評論や海外在住の方からのエッセイを掲載しました。

編集部のマンパワーが誌面の個性となって表れている

――コロナ禍の仕事への影響はどうでしたか。

鯉沼:合併号にした雑誌もありましたが、「すばる」は通常ペースで出してます。でも、校正校閲が以前は一堂に集まって集中的にやっていたのにできなくなったりしました。もともと校正校閲に時間をかけていたのですが、ゲラのやりとりでより時間がかかりますね。あと、トークイベントやシンポジウムの採録を時折載せていますが、イベント自体がなくなったりしました。特集の変更も余儀なくされてます。

――今、「すばる」編集部は何人ですか。

鯉沼:僕を含め6人で4名が女性です。他の文芸誌より多いのですが、仕事量の面では余裕はなくギリギリでやっている印象しかないです。

――鯉沼さんは女性誌、科学誌、美術誌など他領域の雑誌も多く読んでいるそうですね。

鯉沼:さすがに最近は少し減らしました。あるとき、仕事と直接関係のあるものに目を通すのは当たり前で、直接関係ないものにどれだけ触れられるかかが大切なのでは?と考えたことがあって……。ただ、もしかすると純粋に無駄であり、意味はないかもしれません。

――「すばる」は特集を設けた号が多いですが、絶対に組むというのでもないですね。

鯉沼:はい。特集ありきは全くなく、必要に応じて組んでいます。今年は三島由紀夫の没後50年なので特集しましたけど、命日に近い11月号はすばる文学賞の発表号なので、10月号で行いました。本当は三島の翻訳者が来日し、山中湖の三島由紀夫文学館で研究者と対談してもらって特集の核とする予定だったんです。新型コロナウイルスのために流れてしまいました。

――三島特集での若手作家の座談会は、暴走気味のトークが楽しかったです。

鯉沼:ありがとうございます。みなさん、それぞれの実感を込めてフリーに話してくれてとてもよかったです。2021年新年号でも、読書会を5本行いましたが、僕が聞いていても本当に面白かったです。ぜひ誌面をご覧いただければと思います。

――いとうせいこうと奥泉光の文芸漫談シリーズが代表的ですが、過去の作品の新たな読みかたを提示することも文芸誌の役割ですよね。一方、翻訳作品を掲載する「すばる海外作家シリーズ」も「すばる」の特徴ですが、12月号のピーター・トライアス登場は意外でした。『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』などSFのイメージが強かったから。

鯉沼:純文学系の雑誌に作品を載せたい希望がご本人にあると聞いたので、短篇を十数本読んで掲載作を選びました。海外の短編もふさわしいものがあれば、引き続き掲載していきたいです。

――大学院へ通った時の問題意識でもあった少部数のものをどう回転させるかですが、現在の考えはいかがですか。

鯉沼:いまは「すばる」に注力する必要があるので、ややそのテーマから業務的に離れてはいます。ですが、ある作品を出したい編集者がいて、それが部数的に難しいとなったときにはそれをフォローしたい。仕事としては、個別に社内的な理解を得ていくしかないのですが。そのようにして刊行したタイトルが、賞を受賞したり、重版が入ったりすることも実際にあるので、情熱をもった担当がいる限り応援していきたいです。

――これからの「すばる」でやりたいことは。

鯉沼:根本的には、スタッフの力を重視しつつ、いいコンテンツを載せていきたいということに尽きる気がします。年表をつくっていて、結局はその時々の編集部のマンパワーが誌面の個性となって表れているのだなと感じました。最近、村田沙耶香さん、小川洋子さん、宮本輝さんの新連載が始まりましたが、若手から実績ある方まで、文芸誌にまだ書いたこともない人も含めて、翻訳にも目配りし、まずはよき小説を載せていきたいと思います。また、評論やエッセイ、さらにはノンフィクションも適切なものがあれば載せたいし、基本的に丁寧に取り組んで、1つ1つクオリティを上げていきたい気持ちです。

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