『美味しんぼ』が変えた“辛味の概念”とは? 辛さの中に旨味を感じるメニュー3選

『美味しんぼ』が変えた辛味の概念

 グルメ漫画や日本のグルメブームの活性化に貢献してきた『美味しんぼ』には、和洋中数多くの料理が登場してきた。今回はその中でも、山岡士郎がこだわった「辛い料理」を振り返ってみたい。

本物のキムチ

 韓国の大韓書籍と提携が決まり、もてなすことになった東西新聞社。富井副部長が司会進行を行うが、社名を間違える、突然タバコを吸い始めるなど、非礼の限りを尽くしてしまう。

 様子を見て気分を害したと思われる大韓書籍の金社長は、振る舞われたキムチを食べると「このキムチは辛すぎる」と発言する。富井副部長が「へ? 辛すぎる? キムチって辛いものでしょう」と言いながら、水を飲み不思議そうな顔を浮かべた。

 金社長は度重なる非礼とキムチへの発言に激怒し、協力関係の解消を宣言。非礼に非礼を重ねた富井副部長は、山岡にそれを指摘されると、頭を抱えてしまう。

 そんな富井副部長を救ったのは、「本物のキムチ」。山岡は栗田ゆう子と富井副部長を連れ、上野の韓国人街を訪れると、金社長に出したキムチと、店のものを食べ比べる。味に鈍感な富井副部長も、「全然味が違うよ」と舌を巻いた。

 店の女性は山岡の持ってきたキムチには「化学調味料が混ざっている」と指摘。栗田は店頭のキムチについて「ヒリヒリイライラするような辛味じゃないのね、丸みのある辛さなのよ」と違いを語る。

 山岡は「この店のキムチに使っているのは韓国産の唐辛子、持ってきたキムチに使ったのは日本産の唐辛子なんです」と違いを指摘する。そして、「不思議なことに同じ唐辛子の種でも日本の土地に蒔くと辛さはきつくなり、韓国の土壌に蒔くと辛さが丸くなるんだそうです」と説明。そして栗田が、「本物のキムチを作るためには韓国の唐辛子を使わなければいけない」と結論づけた。

 後日金社長はこの味を絶賛。富井副部長が韓国の礼儀を学び実践し、両者のわだかまりは完全に解かれた。「日本の唐辛子と韓国の唐辛子の味が違う」という視点を美味しんぼが世に送り出したのだ。(10巻)

暮坪かぶ

 美食倶楽部の料理人・岡星良三が、海原雄山に長野から届いた新そばを長ネギのみじん切りとともに出すと、薬味を載せた皿を顔に投げつけられてしまう。そして雄山は良三に「新そばに合う薬味を探してこい」と命じる。

 悩み抜くも答えのでない良三を見かねた交際相手の鈴子が、山岡に相談。山岡は良三と鈴子、そして栗田を連れ京都の老舗蕎麦屋に向かう。そこで良三が目にしたのは大根おろし。「京都まで来て大根おろしか…」と肩を落とす良三がそれを口にすると「辛い」と悲鳴を上げる。それは、株のような形をした大根、「辛味大根」だったのだ。

 雄山に辛味大根を持ち帰ることにした山岡たち。しかし帰りの新幹線で栗田が「辛味大根は海原雄山の予想の範囲内ではないか」と、呟く。これに鈴子が「株なのに大根みたいな長い形をしたのがあったら面白いでしょうね」と笑う。これを聞いた山岡はひらめき、「岩手に行くぞ」と進路変更した。

 数日後、良三は雄山の答えとして、大根おろしを出す。「おろしそばか…。思ったとおりだがまあいいだろう」呟いたあとに味わってみると、大根との違いに気が付き、「これはカブだ」と当ててみせる。

 その正体は大根のような長さをした「暮坪かぶ」。辛味大根よりも鮮烈な辛さを持つもので、雄山はその味を絶賛し、「暮坪かぶを使ったおろしそばを暮坪そばと名付けよう」と笑う。そして、良三に「どこで調べたのだ」と聞いた。

 良三は正直に山岡の手助けを受けたことを明かす。激怒する雄山だったが、美食倶楽部のメニューに加えることを提案し、「人の助けを借りたら失格と決めておかなかったから仕方ない」「暮坪かぶは士郎の専売特許というわけではない」とし、その味を認める。

『美味しんぼ』(32巻)

 その後「岡星」で食事をともにする良三・鈴子と山岡・栗田。良三が正直に力を借りたことを話し、「度量が広いから認めてくれた」と喜ぶ鈴子に、山岡は「優秀な料理人である良三くんを失いたくなかっただけだ」「度量なんかあるもんか」と拗ねる。

 すると栗田が「山岡さんあーんして」と甘えて、口を開けさせると、いっぱいの暮坪かぶを入れる。山岡は「ぎゃ~辛い」と店の外に飛び出し、栗田は「海原雄山の大きさがわからないようでは一生勝ち目がない。反省しなさい」と怒った。

 「暮坪かぶ」が持つ鮮烈な辛さが、岡星良三を救ったのだ。(32巻)

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