「親が子を愛すというのもそんなに簡単なことじゃない」 作家・町田そのこが考える、虐待問題の難点

町田そのこが考える虐待問題

田舎もそんなに捨てたものじゃない

――人とのかかわりを絶とうと大分にやってきた貴瑚が、老人たちに興味本位でかこまれたり、修理屋の村中という青年にちょっかいかけられることで注目を集めてしまったり、という田舎ならではのコミュニティのありようもおもしろかったです。

町田:他人に手を差し伸べるという行為には、どうしても少なからずの自己満足が入ってしまうと思うんですが、でも、それでもやっぱり、本当に理由なく善意で動ける人もいるよなあと思っていて。村中くんにはまあ、下心も多少はありますけれど(笑)、でもやっぱり根本は「なんか困ってるみたいだからほっとけない」「自分にできることがあるんじゃないか?」という単純な気持ちだと思うんですよね。それでいて、だめなものはだめだとはっきり言えるその純真さは、書いていて私の癒しでもありました。老人たちは、まあ……私自身が、生まれたときから田舎に住んでいるので、肌で味わってきたことをわりとリアルに描きました(笑)。

――「無職は子供に悪影響だから働け」とか「そんな生活してたら人間として駄目になる」とか、初対面の貴瑚に言い募ってくる感じとか。

町田:本当にありますからね。車や髪の毛の色が派手だとか、夜帰ってくるのが遅いとか、よそのうちのおばあちゃんが当たり前のように注意してくる。横のつながりが強くて、コミュニティ全体に監視されているような感覚。だからね、若い頃は地元がきらいだったんです。都会の空気に憧れて、田舎の足りないところやいやなところばっかりが目についた。でも、大人になった今、感じるのは、田舎もそんなに捨てたものじゃない、ってことなんです。村中のおばあちゃんは敵に回すと厄介だけど、歩み寄ってみたら実はすごく頼りになって、適切に手を差し伸べてくれる人だった、とわかったように、物事を見る角度をちょっと変えるだけで状況は変わる。欠点だと思っていたところは、魅力かもしれない。それは土地も、人も。そんなふうに感じることができたから、今回、はじめて自分のよく知る土地を舞台にしました。

――ご出身は北九州なんですよね。

町田:はい。自分の暮らしに身近な土地を舞台にしたことで、52はもしかしたらあの駅の改札を抜けてひとり歩いていたかもしれない、というリアリティも生まれて。虐待も、セクシャリティの問題も、遠く離れたどこかの物語ではなく、すぐ隣で起きているかもしれない現実として私もとらえなおすことができました。きれいごとで片づけたり、なにか大きな施策を考えたりするんじゃなくて、村中くんや、村中のおばあちゃんや、町の興味本位で騒ぎ立てる老人たち。そうした普通の人たちとともに、どうすれば現実的に手を差し伸べあっていけるのかな、と。だからよけいに、貴瑚の母親や琴美についても、思いを馳せてしまうのかもしれません。もちろん世の中には悪魔のような心の持ち主もいますし、そういう人にまで寄り添おうとは思わないんですけど、でも、どんなに悪い人にもその人なりのやむにやまれぬ事情があって、過去があって、悪意だけでは生きていないんだということを信じたい。せめて物語のなかだけでは、それが許されないことだとしても、知っておきたいし書いておきたい、と思ってしまうんですよね。

――そのコミュニティのありようや、手を差し伸べあう人々の姿を、連作短編ではなく長編で書いたことに手ごたえはありますか。

町田:そうですね……。語り手を変えるのではなく、一人の人間のものの見方を変えることで物語を紡いでいく、というのはまた違う景色が見えるものだな、と思いました。貴瑚はずっと「魂の番(つがい)」を探していたけれど、彼女の声を聴いてくれたのはたった一人ではなかった。52の声を最初に聴いたのは貴瑚一人だったかもしれないけれど、彼女をきっかけに52のまわりには人が増えていった。人はそんなふうに“群れ”となって生きていくんじゃないのかな、と思います。

■書籍情報

『52ヘルツのクジラたち』
町田 そのこ 著
発売中
価格:1600円(税別)
出版社:中央公論新社
https://www.chuko.co.jp/tanko/2020/04/005298.html

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