精神科医・樺沢紫苑が教える”ストレスフリーな生き方” 「職場の人間関係はもっとドライでいい」
人付き合いが苦手、これからの働き方に不安を持っている、いつも微妙に疲れている…...。人生のあらゆるストレスとの向き合い方に真正面から応えてくれる本『ストレスフリー超大全』(ダイヤモンド社)は、発行部数16万部突破している話題の本だ。今回は著者の樺沢紫苑氏に、今日からできるストレスフリーになる生き方について話を訊いた。
人間の幸福を司る三つの神経伝達物質
――人が幸福を感じるには、3つの脳内物質、①セロトニン(心と体の健康や安定)、②オキシトシン(愛情、繋がり)、③ドーパミン(興奮、社会的成功)の分泌が重要で、この3つの順番が大事だとあります。どういった順番がいいのでしょう?
樺沢紫苑:(以下、樺沢):まず三つの物質を説明すると、セロトニンは「やすらぎ」「癒し」「気分」の幸福感です。朝起きて今日も天気が良くていい気分だとか、ポジティブで前向きな気分に包まれるもの。
逆に、「不安」「心配」「イライラ」「落ち着かない」という状態なら、セロトニンが低下してネガティブな気分に引っ張られています。若い人や元気なうちは心や健康を後回しにしがちですが、無理がたたって体を壊したり、メンタル疾患になる人もいますね。
オキシトシンは「つながり」の幸福感。パートナーや家族、友人と一緒にいて楽しいとき、愛情や人との繋がりによって分泌されます。一生懸命仕事をしているけれど、奥さんとの時間を疎かにして夫婦関係が悪くなってしまって離婚したとか、子どもとのコミュニケーション不足で子どもが不登校や引きこもり、問題が起きて家庭崩壊になるケースもあります。
ドーパミンは「やる気」による幸福感。目標を達成したときなどに分泌される「成功」の物質で、プロジェクトの成功やスポーツで勝つ、大金を手に入れる、昇進や昇給など、達成感や高揚感ですね。
人が幸せになるには、セロトニン→オキシトシン→ドーパミンの順番が大事ですが、ほとんどの人はドーパミンを優先しがち。一生懸命頑張れば仕事で認められる、成功できると思っています。
しかし、いくら仕事をして地位や名誉、お金を手に入れても、健康や人間関係が崩壊してしまっては何の意味もないはず。それに、何か病気を抱えた状態でバリバリ仕事をするとか、家庭やパートナーとの関係が不安定な中で仕事に集中するのも無理があります。安定した精神状態(セロトニン的な幸福)と、安定した人間関係(オキシトシン的な幸福)、心と体の健康があって初めて人間は本来のパフォーマンスを発揮できるのです。
たとえるなら、セロトニンとオキシトシンは住宅でいうと基礎。基礎がしっかりしていると高層ビルを建てられますが、基礎が脆弱な状態では1軒か2軒しか建てられないイメージです。
セロトニンは朝の通勤で活性化できる!?
――セロトニンを活性化するには瞑想や咀嚼、マインドフルネスのほかに、朝散歩も強くお勧めされています。朝散歩のポイントはありますか?
樺沢:太陽の光を浴びること、リズム運動、咀嚼、この3つがセロトニンを活性化させますが、それを1度にできるのが朝散歩です。朝起きて、1時間以内に太陽の光を浴びて15~30分くらいの散歩をして朝食をとる。
起床後1時間以内というのは、起きて太陽の光を浴びることで、人間の体は朝だと認識して体内時計をリセットします。そこから15~16時間後に睡眠物質、メラトニンの濃度が高まり「眠気」が出ます。
たとえば朝7時に起きたら夜の22~23時に眠気が出る計算です。このため午前11時に朝散歩を行うと、体内時計のリセットが遅れてしまうんです。また、セロトニンは脳の指揮者とも言われており、1、2、1、2とハイテンポでリズムよく歩くことで活性化します。
紫外線を気にする方もいるかもしれませんが、紫外線を浴びることでビタミンDという物質が生成されます。カルシウムの吸収を促進し、骨粗鬆症の予防になる物質ですね。ですから真夏はしょうがないとしても、そこまで日差しが強くない時期なら、あまり肌を防御しすぎないことも重要ですね。
――朝の通勤時間も朝散歩に入りますか?
樺沢:朝起きて1時間から1時間半程度で家を出る人が多いと思いますが、速足でリズムよく歩けば大丈夫です。通勤風景を見ているとスマホを見たり、ダラダラ歩いている人がとても多い(笑)。それだと意味がなくなってしまいます。
また、朝5時に起きて8時に出勤する人は、外に出て太陽の光を浴びる8時に体内時計がリセットされてしまうため、本来起きている時間とずれてしまう。起きて1時間以内というのは、一つの目安としてお伝えしています。また、1日に20分くらいの速足の運動が運動不足にならない最低限の運動量です。片道10分歩けば20分になるので速足で歩くこと、そして地下街ではなく日の当たる場所を歩くといいですね。
――朝散歩同様、睡眠を6時間以上取ることも推奨されていますね。
樺沢:たとえば4時間睡眠の人は、本来その人が持っている能力の半分くらいしか出せていません。ショートスリーパーの遺伝子を持っている人は10万人に1人と言われているので、99%は自称ショートスリーパー、ただの寝不足な人です。
そういう人はどれだけ頑張って万全の態勢で戦っても力が発揮しきれません。確かに20代で徹夜をしても平気ですし、目に見える症状もすぐに出ません。症状が出るのは10年、20年経ってから。今までの睡眠負債が溜まってガンや糖尿病のリスクが3倍にもなっていきますし、40代、50代になってその生活をどこまで改められるかというと、難しい年代にもなってきます。
たとえばアルツハイマー病に深く関わっているアミロイドβタンパクという物質がありますが、人間の脳は睡眠中に体積が20%も縮み、そこに脳脊髄液が入り込んで、わかりやすく言うと脳の中を洗濯しています。しかし睡眠が少ないと洗濯ができないのでアミロイドβタンパクがどんどん溜まっていき、認知症発症のリスクが高まります。
愛情物質・オキシトシンの重要性
――オキシトシンは安定した人間関係から出る物質ですが、どのような状況で分泌しますか?
樺沢:オキシトシンは愛の物質と言われていて、相手と交流をすることで分泌されます。たとえば、ハグや性行為、ボデイタッチ、赤ちゃんを抱っこするなどして愛情を感じたときです。また、コミュニティに所属している安心感や友情を感じることでも分泌されます。さらに、ペットと触れ合ったり植物に水をあげたり、何かを世話している状態でも分泌されると言われています。
オキシトシンを出す相手が身近にいなくても大丈夫。ボランティア活動や社会貢献、人に親切にしていると意識すると、親切する側もされる側も分泌されるんです。親切といっても電車で席を譲る、仕事に困っている同僚がいたら助けるとか、小さな親切で大丈夫。日々の生活でちょっとした気遣いや心遣いをしていくだけで、オキシトシンは自分の意志で十分出ます。
――TwitterやメールなどSNSを通じた交流でもオキシトシンは分泌されますか?
樺沢:難しいでしょうね。最近出た論文で、高齢者を対象にした研究ですが、リアルなコミュニケーションがある人とない人で鬱病の発症を調べたところ、SNSを長い時間やっていても鬱病を予防する効果がないという研究が出ています。
若い人は効果が出る場合もあるかもしれませんが、基本的にはリアルなコミュニケーションには敵わないと思った方がいいです。皆さんもオンライン会議やオンライン飲み会をやってるとわかると思いますが、相手の細かい表情や微妙なニュアンスってなかなか伝わらないですよね。オンラインでのコミュニケーションが増えているからこそ、リアルで会う時間を大切にしてほしいなと思います。