『夫のちんぽが入らない』で注目、こだまが語る“自分に向けた日記”を書きはじめた理由

『夫ちん』こだまが語る、日記を書く意味

奇抜ではない日常を掘り下げていく

――前回の『ここは、おしまいの地』ではこだまさん自らが撮影した写真がカバーになっていますが、今回の『いまだ、おしまいの地』では、堀田圭介さんという方の写真が使われていますね。

こだま:そうですね。前作は旅先で撮影したさびしげな風景の写真で、今回とはぜんぜん違います。やっぱり自分の撮った写真だと限られた場所しか写せないので、本のカバーにふさわしい写真というのをほぼ持っていないんですよね。

 堀田さんは山口県の離島・祝島にある岩田珈琲店の店主さんなのですが、Twitterに、猫やヤギ、自然豊かな風景をたくさんアップしていて、単行本のカバーに写真を使わせてもらいたいな、と思っていたんです。

 もともとは、現在カバーになっているような明るい雰囲気の写真ではなくて、カバー下の表紙に使われているような、真っ暗でジメッとした写真を候補にしてたんですけど、デザインをお願いした鈴木成一デザイン室の担当者さんから、「今回の内容は、人とのかかわりがすごく多いから、カバーも温かみのある方がいいんじゃないか」というアドバイスをもらって、かわいい猫のカバーになりました。

――たしかに、過去の話が多かった前作に比べ、今回は現在の話が多く、人とかかわるエピソードも多かったですね。内容は意図的に変えたのでしょうか?

こだま:もともと『Quick Japan』に掲載されているフリーテーマの連載を単行本化したもので、毎回リアルタイムで「このことを書きたい」というのを題材にしているんです。なので、意図的というよりも、自然と過去の暗い話はあまり書かず、内容が前向きになった。

 本心を言うと、過去のことで書きたいことは、1冊目で全部書き切っちゃった。「過去の奇抜な話はもうないな」って気づいたので、今まで取り上げなかったけど、掘り下げていったら特徴的な出来事や日常を書きたいと思うようになりました。

 そして、過去の出来事も過去の話としてだけで終わらせない、現在とつながる内容のエッセイも増えた。今回の本に収録されている、父とサウナについて書いた「小さな教会」というエッセイには、自分がサウナにいったときの話も書いています。この本に収録されているエッセイを書いている時期は、サウナに行ってみたり、習い事を始めてみたり、外に出るようになっていました。

 外に出ると、それだけ書きたいことが増えますね。取材のつもりで外出するわけではないんですけど、ちょっとした会話が自分の過去の出来事と結びついたりすることが多い。

――一方で、今回の本には書くのも手につかない時期があり、それが後半で鬱病が一因だったことが分かりますね。

こだま:鬱病だとわからない時期は、まったくパソコンを開くことができなくて、一日じゅう寝てばかり。自分は執筆することがもういやになったのかな、と何カ月もずーっとそう思いながら暮らしていたんですね。で、なにもわからないなりに、なんとかして治そうと自力で何とかしようとしているんですけど、結局は心療内科の薬がいちばん効きました。

 鬱病だってわかってからは、理由がはっきりして、ちょっとすっきりした。鬱病になったことで、自分に素直になって、やりたくないことにはもう手を出さなくていい、やりたいことをやろうという気持ちになりました。

――1作目にくらべて、2作目のほうが何度もリライトして、ギリギリまで変更を重ねていたそうですね。

こだま:「面白くない人」など最初のほうに収録されているエッセイは、2年8カ月前に書いたものなのですが、もともとの文章を今読みなおすと自分では好きではなくて、かなり手を加えました。昔のものは、テンションが高いんですよ。そのまま収録してもよかったのかもしれないんですが、今はそのテンションの高さがあんまり受け入れられなくて、「読み返したときに後悔したくない」と、かなり落ち着いた静かな形に直しました。

――今回の書籍に収録された「郷愁の回収」というエッセイでは、子どものころに遭った性被害のことを取り上げていますね。これも、昔書いたブログの記事では、少しふざけたふうに書いたことがあるエピソードだということですが……。

こだま:小学校低学年のころ、石炭倉庫で待ち伏せる中学生の「はじめちゃん」という男の子によく追いかけられて、時に体を触られたのですが、以前ブログで書いたときには、面白い話として書いちゃったんですよね。でも、実際は親にもいまだに言えないような出来事だった。親しい人と性的に仲良くなりたいって気持ちがぜんぜんないんですが、子どものころにそういうふうに体を触られる恐ろしさを味わったのを、大人になっても引きずっているのかな、と書いてみて思いました。

――「ネット大喜利という救い」というエッセイの中では、オフ会で女というだけで見た目についてとやかく言われるつらさも書かれていますね。

こだま:女だからこういう目に遭っていたということを、今まで気にしていない風にして、あんまり書いてこなかった。でも、やっぱりうつ病をきっかけにイヤなものはイヤだったとはっきり表現するようになってきました。我慢していたものを全部やめようと思うようになりました。

「同じような誰か」ではなく「自分」への日記帳

――本作の中で、お気に入りのエッセイはありますか?

こだま:「メルヘンを追って」という作品は、今まで描いていないタイプのドキュメンタリーになっています。リアルでは一度もあったことのない“メルヘン”という人物に騙されてお金を貸したエピソードなのですが、本人不在のまま全部が進む。仲間を引き連れて本人の実家を直撃し、両親に返済を迫ったりしているんですけど……そこも含めて自分では忘れられない一作になりました。

――前作の文庫版(講談社文庫)のあとがきで、エッセイを過去の自分に向けて書いているという趣旨のことを書かれていますが、今作もそうですか?

こだま:そうですね。自分と同じような気持ちになっている人に向けて書いている、というエッセイではないんですよね。たとえば音楽に詳しくない自分がライブに行っていいんだろうかと躊躇していたんですけど、行ったらすごく楽しかった。そんなことがあると、過去の自分にやっぱり早くいけばよかったのに、というような気持ちで文章にする。自分に向けた日記帳のような気持ちで書いていますね。

■こだま
主婦。2017年、私小説『夫のちんぽが入らない』でデビュー。翌年には、同作がコミカライズ、2019年にドラマ化(Netflixで配信中)。2018年、エッセイ集『ここは、おしまいの地』で、第34回講談社エッセイ賞を受賞。現在、『Quick Japan』にて連載中。

■書籍情報
『いまだ、おしまいの地』
著者:こだま
出版社:太田出版
定価:本体1,300円+税
http://www.ohtabooks.com/publish/2020/09/01163627.html

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