老犬介護や看取り拒否……殺処分ゼロの裏側にある『老犬たちの涙』

老犬介護や看取り拒否……殺処分ゼロの裏側にある『老犬たちの涙』

 どうして、この表紙に写っている犬はこんなにも寂しそうな眼をしているのだろう。書店で初めて『老犬たちの涙 “いのち”と“こころ”を守る14の方法』(児玉小枝/KADOKAWA)を見た時、真っ先にそんな疑問を抱いた。

 一縷の望みを抱きながら、絶望と戦っているかのような1匹の犬。その表情に引き付けられてページをめくったら、涙が止まらなくなった。ここには人間の身勝手な事情で捨てられ、殺処分という形で最期を迎えた老犬たちの叫びが代弁されている。

最期を看取るのが辛いから、愛犬を殺処分

 著者の児玉氏は「人と動物の共生」をテーマに、取材活動を続けているフォトジャーナリスト。どうぶつ福祉ネットワークの代表でもあり、言葉を持たない動物たちのメッセージを日々、代弁し続けている。そんな児玉氏が本書を通して伝えたいのは、ある日突然、帰る家を失い、大好きな家族のいない殺風景な場所で最期を迎えざるを得なくなった老犬たちの悲しみだ。

 近ごろは動物愛護の意識が高まりつつあり、殺処分ゼロをスローガンに掲げる自治体も増えてきた。しかし、多くの施設ではまだ“命の期限”が設けられており、引き取り手が現れにくい子には殺処分という残酷な現実が突きつけられている。

 健康で人懐っこい子犬や成犬は譲渡候補になりやすいが、老犬は病気を患っていることも多いためか、新しい飼い主が見つかりにくく、殺処分の対象になりやすい。実際、犬の殺処分数は減少傾向にあるが、老犬を捨てる人は増加傾向にあるという。

 なぜ、老犬は捨てられるのか。児玉氏はその理由を「老々介護の破綻」「看取り拒否/介護放棄」「引っ越し」「不明(迷い犬として捕獲・収容されたため)」の4つに分け、写真を交えながら老犬たちが置かれている悲しい現状を紹介している。

 その中でも特に憤りを感じたのが、「最期を看取るのが辛い」という理由で持ち込まれたポメラニアンの話。キャリーケースの中で「置いていかないで」と懇願するような視線を向けている写真を目にすると、この子は亡くなる寸前、どんな気持ちだったのだろうと苦しくなった。

 たしかに長年共に過ごした愛犬や愛猫を看取るのは、怖くて勇気がいることだと思う。安らかな死を迎えられるとは限らず、苦しむ姿をこれ以上見たくないと思うこともある。だが、そうした姿もちゃんと見て、最期の時を一緒に迎えることが「動物と生きる」ということではないだろうか。

 突然、見知らぬ場所に連れてこられ、「譲渡不可」の判定を下された子たちは、誰にも看取られず、ひっそりと死んでいく。もし、彼らが人間と同じ言葉を話せたなら、一体どんな叫びを口にするだろうか。児玉氏が代弁する老犬の言葉を目にすると、そう考えたくなる。

うんちもおしっこも失敗してばかりだし、ごはんも上手に食べられない……。今までできてたことが、できなくなって、ぼくは毎日、とっても不安だった。でも、だいすきなあのひとがそばにいてくれるときだけは安心していられたんだ。ここにいるのはつらいけど、ぼく、がまんできるよ。だって、きっともうすぐあのひとがむかえにきてくれるから。だからぼく、ずっとここで待ってるんだ――。

 命が消えるその瞬間まで、「うちの子」でいてもらうこと。それは私たち飼い主にできる1番の愛情表現だ。冷たいコンクリートの上で恐怖に怯えながら死を待つのではなく、これまで共に過ごしてきた大好きな人に見守られながら旅立てることには大きな意味がある。ガス室ではなく、慣れ親しんだ我が家で死なせてあげることは、飼い主としての責任だ。

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