『約束のネバーランド』は理不尽な世界を変えようとしたーークライマックスに込められたテーマを読む
話が進むごとに洗練化されていく出水ぽすかの作画と共に、この拡大路線を個人的には楽しんでいたのだが、1~5巻で展開した脱獄編の圧倒的な完成度に魅了された読者ほど、「面白いけど、求めているのはこういう方向じゃない」と、歯がゆく思っていたのではないかと思う。おそらく物語のテーマは脱獄編で出尽くしており、その後の展開は、スケールを拡大した変奏だったのだろう。
その意味で、細胞が暴走して肥大化した鬼の女王という、これ以上にない大ボスを倒した後で、最後に舞台がGFハウスに戻り「子どもを搾取する大人との戦い」という人間同士の物語に回帰したのは「これしかない」という落とし所で、うまく着地させたなぁと、感心した。そして、ここで再登場し、最重要人物となるのが、エマたちのママであるイザベラだというのが、心憎い演出である。
優しいママとして振る舞いながら、エマたち孤児を鬼の食料として出荷するために育てていたイザベラは、子どもにとって悪夢のような存在だった。優しく振る舞いながら、エマたちを冷たく監視するイザベラは、ある意味では鬼以上に恐ろしい敵だが、そんなイザベラも、幼い頃はエマと同じ出荷児だった。
出荷児たちは成長すると鬼の食料になるが、成績優秀な一部の女性は、出荷を免れ、子どもを産んだ後で、出荷児を管理する飼育監になることができる。逆に言うと、飼育監になることでしか生き延びることはできないのが、この世界の残酷さで、当初イザベラは、エマを飼育監候補として推薦しようとしていた。その意味でイザベラは、大人になったエマが辿っていたかもしれない未来の可能性とでも言う存在だ。そんなイザベラが理不尽な世界を変えようとするエマに影響されて、反旗を翻すのだから、盛り上がらないわけがない。
グランマとなったイザベラは、シスターたちの前で「私は農園を裏切るわ」と宣言し、自分と同じように罪悪感を抱えながら生きてきたシスターたちに「私はもう誰にも囚われない」「あなた達は?」「どうする?」と問いかける。そしてシスターたちはイザベラと共に反旗を翻す。おそらく作者はここにたどり着きたかったのだろう。
「ありがとうお母さん(ママ)」とエマが言って、イザベラと共戦するシーンは、作品のテーマが集約された名場面である。
■成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)がある。
■書籍情報
『約束のネバーランド』既刊19巻(ジャンプコミックス)
原作:白井カイウ
作画:出水ぽすか
出版社:株式会社 集英社
公式サイト:https://www.shonenjump.com/j/rensai/neverland.html