歌舞伎町イチ、癖がすごいゲイバー店員・カマたくが説く人生論は仏教の真理だった?
「こうであってほしい姿」ではなく「あるがまま」の現実を肯定する
カマたくは中学生のころから売春を始め、社会的地位が高い人とたくさん接した経験から、どんな偉い人も「どうせみんなチンコは一緒」、裸になったら同じだと悟ったという。
さらには「最後はどれだけ成果を上げるか」と言い、世界一嫌いな名詞は「絆」であり、嫌いな言葉は「愛は地球を救う」、地球を救える唯一のものはカネだ、と語るので、若干のネオリベ臭を感じながら読み進めていくと、どうも弱者排除を肯定するロジックとしてそういうことを言っているのではないことがわかってくる。
世の中には、ジャマな概念がいっぱいある。特にいらねぇなと思うのは、「自分に自信がある」「メンタルが強い」「自己肯定感」あたりね。自分に自信が「ある」「ない」なんて考えたこともない。自分が強いとか弱いとか、知らない。そんな概念捨てちまえ。無駄に悩むだけよ。
理想が高いのも、セフレがいるのも、クズ好きも、ホストに何百万と使うのも「それが私の幸せでーす!」って言い切れるのならあなたにとってそれが正解なの。
「こういう世の中になってほしい」とかいう思いもゼロなの。
こういう発言に現れているのは、to be(あるべき姿、なりたい自分) ではなくas is(あるがままの自分や現実)こそを見つめて肯定する、という価値観だ。
本を読む前に目次を眺めていると「第1章人間関係 執着をなくせば、悩みもしない」と書いてあって「仏教か」と思ったが、本を最後まで読んでいくと本当に仏教的な「執着を捨てる」ということが彼の生き方のベースになっていることがわかる(仏教に対しての言及はゼロなので、本人にその自覚があるのかは不明)。
執着を捨てれば、人生はどこでも、なんでも楽しくなるわ。「これがある」を見すぎるから「これがない」が気になるの。無がいちばん楽よ。何かがあることに執着するのが、不幸の始まり。今いる場所、たどりついた先にたまたま存在する楽しいことを見てればればいい。
カマたくは「自分がやりたいからやる」と思ったことはあまりなく、人にすすめられたまま飛び込んでやり始めて続けるパターンが多いが、それでも人生は充実している、と言う。
これは禅/マインドフルネスで言われる「過去や未来に意識を向けるのではなく、今この瞬間に集中せよ」ということ、それが充実した感覚の獲得につながる、という話に通じている。カマたくの視聴者/読者が仏教の本やマインドフルネスを説いたビジネス書を読んでいるかはわからないが、言ってることはいっしょだ。
「執着を捨てればラクに生きられる」というゴータマ・シッダルタが2500年くらい前に説いた人間関係に対する真理にカマたくが無自覚に到達していたのだとしたら……本当にすごい。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。