“キモかわいい生きもの”にゆっくり系YouTuberがツッコミ 「へんないきものチャンネル」はどんな本になった?
『キモイけど実はイイやつなんです。』の特徴
この本では、紹介する生きものの絵を川崎悟司が描き下ろしている。本だから当然、止め絵だが、元の動画でもほとんど動きはないから動画とのギャップは感じない。
ただ「文字で読む」のと「独特の甲高い合成音声による棒読みで聞く」のは体験としてはかなり別物だ。掛け合いを「聞く」のは、情報量がマッシブでも意外と受けとめやすいが、文字を「読む」だと情報量が多いと少し疲れてしまう。
『ざんねん~』以降のこの手の本のフォーマットに倣って本書でもひとつの生きものにつき見開きで完結していくスタイルにしているが、この違いを考えると理に適っている。見開き完結だと若干の物足りなさも感じるが、おそらくこれ以上の分量で文字で読まされると疲れてしまう本になっただろう。気になった生きものについてより詳しく知りたければ動画を観ればよく、良い導入になっている。
もうひとつ『キモイけど実はイイやつなんです。』の特徴なのは、動物研究者・實吉達郎の監修が入っているとはいえ、ネットのノリのツッコミ目線で書かれている点だ。
へんないきものチャンネルを運営する「ろう」はド文系のマーケッターで、生物学的または動物行動学的に正しく記述しようというより、アクセスがより伸びるように「おもしろく」表現することにフォーカスしている。
もちろんこの手の本は『ざんねんないきもの事典』にしろ、動物行動学者・今泉忠明は「監修」とクレジットされているが実際にはライターと編集者が主導してコンセプトと文章をまとめている、つまり学術的な精度よりおもしろさを重視したものが大半ではある。
とはいえ『ざんねん~』のように「児童書」として子どもに楽しく読んでもらうために書かれた文章と、本書のようにニコニコ動画のゆっくり実況などで培われたネット民特有の毒舌、ツッコミ待ちのスタンスで書かれた文章はまた別物である。
たとえばこの本では「キモい鳴き声」をお題にしたコラムでは、コアラの鳴き声は「ゴゴゴ…グヒー」、カバの鳴き声は「バブー!ウッウッウッ」と形容されている。
こういうノリで作られた生物図鑑は、本書が初ではないかと思われる(そもそも「ゆっくり」をルーツとする商業出版の書籍自体、筆者は不勉強ながら他に知らないのだが)。
だから2020年に発売されたYouTuber本であるにもかかわらず、2000年代後半から2010年代前半の、ニコ動が元気だったころの懐かしいにおいを感じる。へんないきものチャンネルは2019年にスタートした新しいチャンネルであり、『ざんねん~』系生きもの本ブームも最近の現象なのに、なんだか一世代前のもののような錯覚に陥ってしまう。
ゆっくり系YouTuberによる『ざんねんないきもの』/危険生物系生きもの本という、異なる文化的な文脈が交錯しているところが興味深い一冊だ。
■飯田一史
取材・調査・執筆業。出版社にてカルチャー誌、小説の編集者を経て独立。コンテンツビジネスや出版産業、ネット文化、最近は児童書市場や読書推進施策に関心がある。著作に『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの? マンガアプリ以降のマンガビジネス大転換時代』『ウェブ小説の衝撃』など。出版業界紙「新文化」にて「子どもの本が売れる理由 知られざるFACT」(https://www.shinbunka.co.jp/rensai/kodomonohonlog.htm)、小説誌「小説すばる」にウェブ小説時評「書を捨てよ、ウェブへ出よう」連載中。グロービスMBA。