厄介な家族との突然の死別、残されたものは……村井理子『兄の終い』を読んで
本書の最後に、兄の息子・良一君のことを転校まで預かってくれた夫妻の言葉が収録されている。息子から見た父親がどんな人だったか、ふたりが良一君と過ごした中で感じた言葉がダイレクトに伝わってくる。息子のために懸命に生きようとした兄、そんな父親の背中を見て育った息子。彼らの言葉を読んで、息子に慕われた彼の人生は、もしかしたら幸せだったのかもしれないと思う。
もちろん、村井が兄にされた数々の所業はとても許せるものではない。許せない気持ちにどう決着をつけたのか。重いテーマでありながら、読後は晴れやかな余韻がある。家族の幻想を打ち破ってくれる村井の力強さが頼もしい。
今コロナ禍にあって、家族と会いたくてもなかなか会えない人や、あるいは家族と毎日過ごすのが苦痛という人もいると思う。〈こんなことになるのなら、あの人に優しい言葉をかけていればよかった。〉村井が作中で兄に対して感じた思いが、魚の小骨のように引っかかっている。家族という存在に対して、普段の生活の中では言葉を尽くさなくても大丈夫だと思ってしまいがちだ。だが、家族と共有できる時間は当たり前のようで当たり前でない。志村けんさんが亡くなったとき、遺体と会うことすら許されなかったお兄さんの涙は記憶に新しい。
ある日突然、家族と会えなくなることは、もはや自分と遠い出来事ではない。村井が兄の不在をじわじわ感じていったように、自分にとってどういう存在だったのか、人はいなくなってから初めて気付く。けれど、いなくなってからではその人に言葉は届かないのだ。ちゃんと、言葉を尽くそう。本書を読んで、改めてそう思った。
■ふじこ
10年近く営業事務として働いた会社をつい最近退職。仕事を探しながらライター業を細々と始める。小説、ノンフィクション、サブカル本を中心に月に十数冊の本を読む。お笑いと映画も好き。Twitter:@245pro
■書籍情報
『兄の終い』
著者:村井理子
出版社:株式会社CCCメディアハウス
定価:本体1,400円+税(電子書籍:本体1,120円+税)
<発売中>
http://books.cccmh.co.jp/list/detail/2423/