新宿二丁目はなぜ、世界的なLGBTタウンになったのか? 『新宿二丁目』著者が語る、街の成り立ちとその変化

新宿二丁目はなぜ、世界的なLGBTタウンになったのか? 『新宿二丁目』著者が語る、街の成り立ちとその変化

ゲイバーと60sカルチャー

――著書『新宿二丁目』で書かれている文化的な部分での考察もとても興味深かったです。改めて、サブカルチャーがこの街のなかでどのように機能してきたのかを教えてください。

伏見:まず、60年代的なカウンターカルチャーの影響がすごく大きかったんじゃないかというのは、今回、僕自身がこの街について再考して発見した点です。これまで研究者も指摘しない。戦後から、上野にも池袋にも銀座にも、小さなゲイバー街ができました。その中で、なぜ新宿だけ爆発的に増えたかというと、新宿という街に60年代的な自由とか、アナーキーな空気が溢れていた背景が大きい。あと、社会のアウトロー、つまりお天道様を見るのが辛いような人たちが、集まってきやすい街だったからではないでしょうか。フーテンというのが最初に現れたのも新宿なんです。60年代はビートルズの来日が象徴的だけど、ワーッと若者の欲望が世の中に溢れ出て、やがて日本全体的に欲望への自由が爆発した。そういう時代の流れのなかで、伊勢丹裏の三丁目から二丁目にかけての辺りが、カウンターカルチャーとゲイカルチャーが被る地区として盛り上がった。60年代という時代とカウンターカルチャー、そしてあの時代の反体制運動とかとゲイバー文化は、実はへその緒が繋がっている。

――確かに様々な文献で、新宿周辺のカルチャーの話は出てきますよね。

伏見:二丁目の雑居ビルのスナックで、大島渚さんや唐十郎さんが大立ち回りを演じたりとか、そういう場所でもあったんですよね。ゆえに、劇団の事務所が結構あったりとか。唐十郎さんにしても寺山修司さんにしても、クィアと言ってもいいような変態性の作品を、花園神社とかアートシアター新宿文化で上演していた。そんな時代に遊郭がなくなった二丁目が、たまたま空いていた。二丁目がゲイバー街として盛り上がったのは、そのタイミングだったんだと思います。60年代論と接続していくと、より明確に描いていけると思うんですけど。その辺りはまだまだ掘り下げられそうです。

――やはり60年代から70年代くらいの流れが、二丁目を語る上で重要なのでしょうか。

伏見:70年代以降の二丁目は、店の数が増えて多様になっていくので、それはそれで面白いと思います。でもその方向で広がってはいくけれど、ドラスティックな変化はもうなくて、やっぱり僕が書き手として興味を持ってしまうのは、ゲイバー街が成立する60年代から70年代初頭ぐらいのところですね。いずれはゴールデン街が観光地化することで、なんとか命脈を保っているようなやり方を、二丁目もせざるを得なくなるでしょう。この先、いわゆるゲイバーらしいゲイバーは、文化遺産のような感じで一部だけが残っていくと思います。だからこそ、今のうちにこの不思議な街の成り立ちを書き留めておきたかったんです。

■伏見憲明(ふしみ のりあき)
1963年、東京都生まれ。作家。慶應義塾大学法学部卒業。『プライベート・ゲイ・ライフ』『魔女の息子』など著書多数。2013年より二丁目にて「A Day In The Life」をオープン。

■書籍情報
『新宿二丁目』
価格:902円(税込)
判型:新書
出版社:新潮社
公式サイト

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