警世の書『危機と人類』はなぜ“読みやすい”のか? ジャレド・ダイヤモンドの語り口の巧さ

『危機と人類』語り口の巧さ

 次に日本だが、こちらは維新である。黒船来航から始まった外圧が、いかに日本を変えたのか。明治になってからの戦争の道も踏まえながら、日本の選択的変化の歩みが綴られている。些細な部分で首を捻る文章もあるが、全体的な国家の流れに間違いはない。いかにして日本が選択的変化を実践し、現在に至る日本という国を造ったのか、納得してしまうのである。

 さて、フィンランドと日本が外的圧力なら、チリとインドネシアは、内的圧力によって国家が変容する。軍事クーデターが成功し、恐怖政治が17年も続いたチリ。クーデターの勃発と失敗により、混乱に陥ったインドネシア。それぞれ違う流れとなった国が、どのような変化を遂げたのか、これまた分かりやすく説明されている。さらに、暗い過去を見つめた戦後のドイツと、イギリスの植民地から独立し、長き時を経て白豪主義から脱却しようとするオーストラリアは、前の4つの国と違い、段階的な変化を遂げている。著者は、さまざまなケースを陳列し、その差異から、選択的変化によりどのような国になるかを表現しているのだ。

 そして日本とアメリカの現状を検証し、進むべき未来を指し示す。続けて世界全体の問題点と、対処方法にまで筆を伸ばすのだ。基本的に著者はポジティブな人間であり、常に前向きである。日本とアメリカの問題点を的確に指摘しながら、希望は失っていない。そのポジティブな視点も、本書を読みやすいものにしている。上下巻のハードカバーだが、あまり構えることなく手に取ってほしい。世界と日本について考えるための、格好のテクストなのだから。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『危機と人類』上・下
著者:ジャレド・ダイアモンド
翻訳:小川敏子、川上純子
出版社:日本経済新聞出版社
価格:1980円(税込/上下巻ともに同額)

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