警世の書『危機と人類』はなぜ“読みやすい”のか? ジャレド・ダイヤモンドの語り口の巧さ

『危機と人類』語り口の巧さ

 多彩な分野で精力的な活動をしている学者、ジャレド・ダイヤモンドの名前が日本で広く知られるようになったのは、なぜ地域によって文明の発達に差異があるのかという、人類史の根幹的な謎に迫った『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫)がベストセラーになってからである。その著者が、再び人類史に挑んだ。本書は7つの国の事例を題材にして、国家的な危機に直面したとき、それをいかにして乗り越えたかを検証し、未来への道しるべを示した警世の書である。

 そんなふうにいうと、お堅い本のように思われるかもしれないが、本書は実に読みやすい。これについては明確な理由がある。作者が国家の危機の問題点を整理し、それぞれの国のケースを紹介しながら、分かりやすく説明しているからだ。

 さらに個人的危機のエピソードから話を初めている点も見逃せない。プロローグでは、1942年にボストンのクラブで起きた「ココナッツグローブの大火」が取り上げられている。死者492人、負傷者数百人という大惨事になった火事だ。この悲劇を生き延びた人たちが、いかなる悔恨に苛まれたかに触れながら、危機を乗り越えるには「選択的変化」が必要だという。また一方で、自分が学生時代の挫折を乗り越えた経緯も披露。著者自身の体験を通じて、すんなりと内容が入ってくる。本書は個人・国家・世界という段階を踏んでいるが、自然と話のスケールを追っていけるようになっているのだ。個人的な危機の帰結にかかわる要因と、国家的危機の帰結にかかわる要因を12個にカテゴライズしている点も分かりやすい。こうした語り口の巧さが、著者の美質といっていいだろう。以上の流れを経て著者は、6つの国のケースに注目する。フィンランド・日本・チリ・インドネシア・ドイツ・オーストラリアだ。

 フィンランドと日本は、外的圧力による危機により、どのように国家が変化したかが述べられている。フィンランドは、対ソ連との戦争。いわゆるソ芬戦争である。日本ではあまり有名でなかったが、フィンランド軍のスナイパー、シモ・ヘイヘが人気者になり、戦争名自体も知られるようになった。いやまあ、こんなことを書いている私も、シモ・ヘイヘを知ったことからソ芬戦争に興味を覚え、梅本弘のノンフィクション『雪中の奇跡』(大日本絵画)を読んだりしたのだが。

 それはさておき、圧倒的な国力を持つソ連との戦争でフィンランドが目指したことは、勝つことではなく負けないこと。他国に見捨てられた状態でそれを実現したフィンランドは、戦後になるとソ連の顔色を窺いながら国家運営をするようになる。それを作者は選択的変化の結果として、冷静に評価しているのだ。

 また、フィンランド語の特異性についても書かれているが、これは「選択的変化」と並ぶキーワードである「ナショナル・アイディンティティ」を説明する一助となっている。テーマを際立たせる補助線の多さも、本書の特色であろう。

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