伴名練が語る、SFと現実社会の関係性 「大きな出来事や変化は、フィクションに後から必ず反映される」

伴名練が語る、SFと現実の接点

SFは現実に応答すべきか

――書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」を読んだ時、現代社会とシンクロしている部分がかなりあると感じました。物語内で、新幹線内部の時間の経過が遅くなる事件が起きたその5年後に、それをモチーフにしたフィクションが流行するくだりが象徴的で、この5年という歳月から、3.11から5年後に『シン・ゴジラ』と『君の名は。』が大ヒットしたことを連想しました。

伴名:関連性はゼロではないです。5年という数字が一番切りの良い数字だったというのもありますが、やっぱり、多くの人にとって、大きな出来事を咀嚼するためには少なくともそれくらいの時間が必要なんだと思います。2011年の震災後すぐに、SF界でも震災を意識した作品が幾つか発表されたのですが、当時は読者からの反発も結構あったんです。

――それは、「不謹慎だ」みたいな反発ですか。

伴名:不謹慎への批判というより、SFという未来を見つめるジャンルが現実や現代に気を尖らせ過ぎる必要があるのか、という感じでしたね。人によってSF観も違えば、現実を受け止めるのに必要な時間の長さも違います。『シン・ゴジラ』と『君の名は。』が広範にエンタメとして受け入れられたのも震災の5年後だったわけですから。ただ、日本のSF第一世代は、敗戦体験を色濃く反映させたSF小説を書いていますし、戦争や震災ばかりでなく、社会に起きた大きな出来事や変化は、SFに限らず、フィクションに後から必ず反映されるものだと思います。

――そういう社会の大きな出来事を題材にしつつ、一方でそれをネタに自分の創作を作ることの罪の意識みたいなものも感じさせる作品でした。個人的にはエンタメとしてそういったものを取り上げることは、人々に忘れさせないためにも大切なことだと思います。でも、そういう葛藤が感じられて、創作者としての誠実さをすごく感じたんです。

伴名:社会の大きな悲劇は当然、当事者がいるわけですが、そういった悲劇をフィクションに、それもエンタメのイメージ元にするということは、是非にかかわらずこれまでも行われて来たし、今後も行われ続けるでしょう。そういったフィクションを摂取して、心の傷が抉られてしまった人や悲しみを深くした人も、気持ちの整理がついた人や励まされた人も、両方いると思うんです。そういう人たちのことをずっと考えながら、安易な結論に陥らないように書こうとあがいたので、そう感じて頂けてほっとしています。考えれば考えるほど、作品内で全肯定も全肯定もするわけにいかなくなるんですよね。

――SFが現実に影響を受ける必要があるか、という議論があったというお話でしたけど、名作SFの中には現実社会を見据えて書かれた作品もたくさんありますよね。

伴名:これはすごく微妙な問題で、現実の社会に応答するSFと、そうでないSF、どっちもあっていいと思います。時代によって社会に応答するものが受ける時とそうでない時があると思っていて、伊藤計劃さんが『虐殺器官』を書いて以降、社会に応答するSFが注目された時期がありましたが、一方で現代社会から切り離された純然たるフィクションのSFもあって、自分はどちらかと言うと後者寄りのタイプです。でも、たまに反動で「ひかりより速く、ゆるやかに」みたいなものを書くことがあります。どちらか一方を書き続ける人もいますけど、自分はその両方を行ったり来たりできればと思います。

――今回の本で言うと、書き下ろしの「ひかりより速く、ゆるやかに」は社会に応答した作品で、「なめらかな世界と、その敵」はそうでないタイプになるでしょうか。

伴名:確かに「なめらかな世界と、その敵」は現代社会とは関係なく読めるものとして書いた作品です。ただ、登場人物の台詞をライトノベル的な口調にしているので、古びるのも早いかなと思います。なぜライトノベル口調にしたかと言うと、人物がいろんな世界を行き来するので、ある程度役割語でしゃべってくれないと誰が誰だか読者にとってわかりにくくなるんです。「ひかりより速く、ゆるやかに」は、瞬間最大風速を目指して書いたもので、2019年に最も刺さる物語を、というつもりで書きました。これは真っ先に古びる作品でしょう。メインキャラクター以外の登場人物の下の名前は、彼らが生まれた年の人気の名前のランキングから選んだりもしています。だから、現代の高校生がこの作品を読んだら、自分と同じ名前を持った登場人物がいる確率が結構高いと思います。

――実際、ツイッターの反応でもこの書き下ろしの作品は人気が高いようですね。

伴名:書いている時は、本当にこの作品が受け入れてもらえるのかどうか不安でした。現代社会の要素を入れすぎると説教くさいととられる恐れもありますし。お説教してくる小説は多くの人が好きじゃないでしょうから。

――社会性とも関連する話ですが、今興味ある新しいテクノロジーはありますか。

伴名:今回の本で後悔している点がいくつかあって、その中に「美亜羽へ贈る拳銃」に出て来る車椅子があります。脳をいじれるような未来が舞台なので、本当はもっと発達した身体補助器具があるはずなんですが、今と特に差がないものになっている。物語上、キャラに不便を強いる必要があってそうなっているわけですが、作者の都合だけでこういうテクノロジーの進歩を貧弱な方に設定するのは、SF作家としてあまり誠実な態度とは言えない。そんな反省もあって、身体の障害をサポートする技術について、改めてきちんと向き合って今後の作品にも反映させたいなと思っています。

(取材・文=杉本穂高)

■書籍情報
『なめらかな世界と、その敵』
伴名練 著
価格:1,870円(税込)
発行:早川書房

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