『十二国記』を読むことは、未知の歴史の誕生を目撃することーー人と麒麟の重厚なドラマに酔う

細谷正充『十二国記』レビュー
小野不由美『白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記』(新潮文庫)

 では、荒廃した戴国を良き方向に変えるため、頼りにすべきものは何か。「十二国記」シリーズで繰り返し語られてきた、人間(麒麟も含む)の力である。泰麒と項梁、李斎と去思。彼らは、それぞれの場所で苦難の道を歩む。この書評を書いている現時点では2巻までしか出ていないので、物語の着地点は分からない。だが、彼らの行動が、戴国の歴史書に残るものであろうことは断言できる。本書を読むことは、未知の歴史の誕生を目撃すること。興趣に富んだストーリーに胸が高鳴るのは、当然のことなのである。

 しかし一方で作者は、神仙に縋るまで追い詰められた母子や、家族に食事を与え餓死した娘など、歴史に残らぬ民の姿を点描している。もっとも象徴的なのが、物語の最初の視点人物だ。項梁と道連れになった、悲惨な境遇の母子。その母親の園糸なのである。

 なぜ彼女の視点で、本書が始まるのか。歴史と人間に対する作者の、たしかな認識があるからだ。歴史書に載るのは、時代を動かした人である。だが、その陰には時代の流れに翻弄される、無数の民がいる。彼らの悲劇や慟哭は、後の世に伝わらないだろう。それでも間違いなく、この世界に存在していたのだ。このような民を、作者は忘れることはない。なぜなら世界を構築するのは、そこに生きるすべての命ある者であるからだ。

 迷い苦しむ有名無名の人々が、“十二国”に息づいている。だからこのシリーズに魅了される。人と麒麟の重厚なドラマに、酔ってしまうのだ。

■細谷正充
1963年、埼玉県生まれ。文芸評論家。歴史時代小説、ミステリーなどのエンターテインメント作品を中心に、書評、解説を数多く執筆している。アンソロジーの編者としての著書も多い。主な編著書に『歴史・時代小説の快楽 読まなきゃ死ねない全100作ガイド』『井伊の赤備え 徳川四天王筆頭史譚』『名刀伝』『名刀伝(二)』『名城伝』などがある。

■書籍情報
『白銀の墟 玄の月 第一巻 十二国記』
小野不由美 著
価格:737円(税込)
発売/発行:新潮社

『白銀の墟 玄の月 第二巻 十二国記』
小野不由美 著
価格:781円(税込)
発売/発行:新潮社

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