浜崎あゆみの自伝的小説『M 愛すべき人がいて』が描く、身を焦がすような情熱と孤独な人生

 ノンフィクション作家・小松成美が、歌手・浜崎あゆみの半生を描いた小説『M 愛すべき人がいて』(幻冬舎刊)。

小松成美『M 愛すべき人がいて』(幻冬舎刊)

 博多から上京したごく平凡な少女が、プロデューサーの“M”と出会い、やがて恋に落ち、“浜崎あゆみ”として瞬く間にスターダムへと伸し上がっていく様を描いた本書は、「事実に基づくフィクション」と謳われていることから、発表当初はスキャンダラスな文脈で語られるケースも少なくなかった。しかし、小松成美による率直で瑞々しい心理描写と、90年代後半の音楽業界のダイナミズムを感じさせる波乱曲折なストーリーによって、本書への評価は変わりつつある。音楽業界の光と影の間に紡がれた、儚くも切実な恋愛小説として、とりわけ同時代に青春を過ごした人々の深い共感を呼んでいるのだ。

 本書に登場する“M”ことマサは、エイベックスのCEOを務めるMax Matsuuraこと松浦勝人その人だ。Every Little Thing、Do As Infinity、EXILE、そして浜崎あゆみと、これまで数多くのアーティストを世に送り出してきた音楽プロデューサーであり、多くのアーティストが恩師と仰ぐ存在である。本書では、そんな松浦勝人がどのようにしてアーティストを発掘し、育て、スダーダムへと導いていったのかが、“あゆ”の眼差しからつぶさに語られている。

「お前、こんな感性なんだな」
「え?」
「その歳で、こんなこと考えて生きているんだ」
「自分のことしか書けなくて……」
「その歳で、想いをこの言葉にできるなんて、本当に凄いよ」
(『M 愛すべき人がいて』より)

 “あゆ”が初めて書いた歌詞を、松浦勝人が読んだ時のやりとりだ。「A Song for XX」と題されたその歌は、松浦勝人への想いを綴ったラブレターだった。それまで人前で歌うことなど考えたこともなかった“あゆ”だが、松浦勝人の力の込もった励ましによって、やがて歌手の道を歩むことを決心する。

「私は、自分とその人に嘘をつかない。どんな時にも、その人に恥ずかしくない自分でありたい。ニューヨークへ行って、歌が上手くなって、軽やかに踊れるようになって、その人に喜んで欲しい」(『M 愛すべき人がいて』より)

 松浦勝人の人間性に対する深い信頼と同時に、少女ゆえの危うい純粋さが感じられる一文だ。“あゆ”にとっては、得意なことなど何もなかった自分を見出した松浦勝人の存在が全てであり、その歌詞は一切が彼に向けて捧げられたものだった。時代の寵児だった浜崎あゆみというアーティストが、実はどこまでもパーソナルな心情を歌に託してきたシンガーソングライターだったことに改めて気付かされる。

 そして、決して公にはできない気持ちを綴っていたからこそ、その歌詞には純粋な恋心とともにどこか寂しげな情緒が漂い、90年代末、新しい時代の幕開けに漠とした不安を抱えていた少女たちの心象風景を鮮やかに照射していた。二人の関係性は社会的に承認され得ぬものだったのかもしれないが、浜崎あゆみの歌には、それゆえに人の性に訴えかける説得力があったのだろう。デビュー曲「poker face」ではまっすぐに愛を求めていた“あゆ”だったが、多忙な生活の中で松浦勝人との関係がうまくいかなくなると、その歌詞はいっそう痛切なものとなり、結果として少女たちの代弁者としてのカリスマ性はさらに高まっていくことになる。

〈恋人たちはとても幸せそうに手をつないで歩いているからね/まるで全てがうまくいっているかのように見えるよね/真実はふたりしか知らない〉(浜崎あゆみ「Appears」より)

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