DECO*27×佐々木渉、初音ミクに注がれる“パンク”の精神 「10年前にこの曲を発表していたら炎上する」
2024年10月にデビュー16周年を迎え、ボカロPとして日本の音楽シーンの第一線を走るDECO*27。そんな彼の最新作『TRANSFORM』は、キャリアにおける転換期、さらなる飛躍を予感させる意欲に満ち溢れた作品になっている。
リアルサウンドでは、DECO*27と松丸亮吾との対談記事を掲載したが、今回は「初音ミク」を生み出した会社 クリプトン・フューチャー・メディアに勤める佐々木渉氏をゲストに招いた対談を企画。「初音ミク」の開発者から見た『TRANSFORM』の魅力をはじめ、クリプトンも楽曲制作に参加した収録曲の制作エピソード、そして両者から見たボーカロイドの現在と未来について話を聞いた。(編集部)
初音ミクの野性的で、さらけ出していくスタイルを感じた(佐々木)
ーーまず佐々木さんがニューアルバム『TRANSFORM』を聴いて受けた印象についてお伺いしたいです。
佐々木渉(以下、佐々木):今作は2枚組ですが、クリプトンも座組に入ってテーマ楽曲として制作いただいた「サラマンダー」や「ボルテッカー」を含め耳馴染みのある楽曲が並ぶDisc-2に対して、Disc-1はいい意味での暴れっぷりを感じました。DECO*27さんの楽曲はいつもフックになる言葉が耳に飛び込んでくる印象ですが、今回は特に刺激的な強い言葉や心理描写が多くて、特に「あいたい星人」や「モニタリング」は一風変わった感触の聴いていてクラクラするような感覚でした。初音ミクの声や姿であると同時に、欲望的な倒錯がそこにべったりと染み込んでいるような……すごい説得力で自分の癖(へき)を吐き出してくれている感じがして。こういうミク像には、どのようにして行きついたんですか?
DECO*27:僕はこれまで恋愛や友人・家族に対する愛情、自己愛などをテーマに楽曲を書いてきたのですが、今回はそれを最も見苦しく切り取った形で表現したくて、Disc-1に関してはほぼそういう楽曲になりました。もちろん「ハオ」のようなかわいらしい楽曲もありますが、基本は他人から見るとのめり込み過ぎで心配になりそうな愛や、自暴自棄な愛をメインテーマにしていて。その方向性に至った要因として大きかったのは、クリプトンさんにも相談して新しい調声の方法に取り組んだことなんです。
ーーDECO*27さんがご自身のXアカウントで“新調声”として紹介していたものですね。
DECO*27:いままでのミクを“旧調声版のミク”とするならば、旧調声は派手な言葉を使ってもマイルドになる印象だったのですが、今回、新調声を試していくなかで、一度ブレーキを踏まずに自分の並べたい言葉で楽曲を制作してみようと思って。僕は旧調声も大好きなのですが、新調声のほうがよりミクが歌っている感情が見えると思うんですね。だからこそ佐々木さんもそういった印象を受け取られたのだと思います。
佐々木:ミクを含むバーチャルシンガーは、歌がリアルで人間っぽいか? とか、バーチャルジンガーらしい表現とは? という尺度で語られることが多いですが、今回のミクの言葉や歌の表情だったり、所作は非常に野性的で、さらけ出していくスタイルを感じました。それ以前から「ヴァンパイア」(2022年)などで顕著な“DECO*27さんの初音ミク”の歌は、キャッチーで刺激的にデフォルメされていて、個性が確立されていたと思うのですが、それに今回は過去曲で例えると「ゴーストルール」(2016年)の感じと言いますか、魂が歌っているような印象を受けたんですね。アレンジも有機的で歌にまとわりついてくる感じ。ひと言で言うなら“ヤバくなったミク”ですね。メンタルも歌も。DECO*27さんの仰るところの「感情が見える」前提で作られてるし、歌っていてるしで、すべてが絡み合っている気がしました。
ーー旧調声から新調声への変化の話もありましたが、DECO*27さんの中で『TRANSFORM』以前と以降でミクの捉え方に変化はありましたか?
DECO*27:『TRANSFORM』の楽曲を制作していたのは去年になるのですが、「ラビットホール」(2023年)を公開に合わせて、DECO*27仕様の初音ミク3Dモデルが動く「デコミク3D」プロジェクトを、クリプトンさんの許可のもとスタートさせたんですね。デコミクには、かわいくて明るい「デコミクライトネス」とクールな「デコミクダークネス」がいるのですが、Disc-1の楽曲を作っているときは、もちろんMVのイラストのミクのイメージも沸くのですが、最初に浮かぶのはデコミクの姿になりました。
佐々木:皆さんの記憶の中のミクらしいミクがこれからも王道なのは間違いないですが、デコミクさんはそれとは違う変化していくミクの可能性の一つなのかなぁと。3Dモデルは振り付けやアレンジメントも含めて楽曲とリンクさせていて、イメージに一貫性があるので、そのミクであることの必要性をひとつのペルソナとして示していると思うんですね。「うちのミクはこういう子です」というイメージをお持ちの方は沢山いると思います。その点、DECO*27さんのデコミクさんは「家」に対する反抗心が強そうですよね。ミクというのはひとつ手を離すと、向こう側のいろんなミクに吸い込まれてしまうところがあると思うのですが、デコミクは吸い込まれなさそうと言いますか、そうなったら他に抗いそうといいますか。
DECO*27:逆に僕がデコミクに吸い込まれそうになっています(笑)。やはりせっかく作るのであれば、クリプトンさんが公式で展開しているミクとは違うことをやったほうが面白いと思うので、音楽だけでなくダンスもやってみたり、楽曲面でも調声を変えてみたり、ここ1~2年はユーザーの方の反応を見ながらいろんなことを実験する、まさにトランスフォーム=変化する時期でした。
ーーそれは自分自身が初音ミクでの制作を続けてきたなかで変化を求める気持ちがあったから?
DECO*27:そうですね。詳しくは言えないのですが、ひとつ、自分の中で決めている中くらいの大きさのゴールがあって、この数年の変化は、その目標を達成するために必要なことなんです。それに関しては達成したときにどこかでお話できればと思っています。それと僕自身が飽きっぽい性格で何かに熱中できる期間が短いんですよ。それは自分自身が悔しいと思っている部分でもあるのですが、そのなかでボカロ曲を作ることだけは、それを楽しみにしてくれている人がたくさんいるので、絶対に続けていきたいと考えていて。僕は2012年ごろ、DECO*27としての活動を辞めようと思っていたのですが、そのときに初音ミク『マジカルミライ2013』を現地で観て「ゆめゆめ」(2012年)でお客さんがすごく喜んでいる姿を見て、まだ自分が楽曲を作ることで楽しんでくれる人がいるかもしれないと思ったんです。そこからまたボカロ曲を作るようになって、自分の中で飽きないために曲調を2~3年くらいのサイクルで変えてきた結果、いまも飽きていないです(笑)。
佐々木:いまのお話で思い出しましたが、自分としては今回の『TRANSFORM』と同じくらい、『Conti New』(2014年リリースのDECO*27のアルバム)のときに衝撃を覚えたんですよね。ボカロ曲の制作を再開して最初に発表した「妄想税」(2013年)は、過去のミク楽曲の中でもいちばん刺さった曲の一つで、ドキッとするお金の歌であり、ミクの遠慮のないドヤ顔、いい意味でぶん殴られた感覚がありました。ミク周りも消費スピードが速くて、いまや把握しきれない部分もあるのですが、それらはほとんどが“みんなのミク”“みんなが見たいミク”であるなかで、今回のアルバムは“DECO*27さんのミク”という感じが強くありますし、はっきり言ってエグいパンクの雰囲気がするんですよね。
DECO*27:間違いなくパンクですね(笑)。
佐々木:特に「サッドガール・セックス」などは、パンクバンドのSex Pistolsを連想させる域ですよね! 流れの早い“集合体の初音ミク”に対して、デコミクが中指を立てて「私は私だ!」って主張しているわけです。もしデコミクがここにいるとしたら、DECO*27さんにも悪態をついてそうなイメージ。学校の中でもいちばん髪の色が派手で全校集会で目立つ奴みたいな(笑)。僕は「Tell Your World」(2012年に発表されたlivetuneの楽曲)が作った世界観の裾はどう広がっているんだろう? といったように、ミクの楽曲を通していまを考えることがあるのですが、『TRANSFORM』は、大きな概念を忘れられるというか、いま歌っているミクの感情の色だけで埋め尽くされている感覚でした。
DECO*27:これは佐々木さんだからこその感想ですよね。たしかに前回のアルバム『MANNEQUIN』(2022年)からの様変わりもパンクだと思うんです。前作は“アイドル、全員初音ミク!!!”というコンセプトのもと全力でポップスをやったので。
ーー『MANNEQUIN』は“マネキン”をテーマにいろんなタイプのミクをコレクションするような内容で、いわばいろんな存在になり得る初音ミクの面白さを提示した作品だと思うのですが、逆に今作はデコミクというひとつのキャラクターのイメージに集約していく意味でも、大きな変化があるように感じます。
DECO*27:おっしゃる通りで。ボーカロイドは初期の頃、ミクのキャラソンみたいな楽曲が多くありましたけど、僕がデビューした2008年頃から、ボカロPや音楽ジャンルに対してフォーカスが当たるようになったことで、キャラソン的なものが減ったように感じていたんです。それで「ヴァンパイア」や「シンデレラ」(2022年)は、あのMVの恰好をしたミクのキャラソンのイメージで書いて。そのミクたち全員がアイドルというのが前作の『MANNEQUIN』で表現したことでした。それを今の時代に投げかけた結果、好意的に受け止めてもらえたので、であればDECO*27というプロデューサーに対してひとりのミクという存在がいる構図も大丈夫かな、ということで生まれたのがデコミクです。ぶっちゃけどんな反応が来るか怖かったですけどね(笑)。「ミクを私物化するな!」と言われるかなと思って。
佐々木:そういった新しい変化、みんなが好きなミクのイメージ像とは別に、いろんなミクがいることを考えたり感じるきっかけは大切だと思うんですよね。昔のJASRAC登録問題から、「砂の惑星」(ハチが2017年に発表した楽曲)を巡る議論じゃないですけど「ボカロや初音ミクや、その存在意義って何なんだろう?」ということを考えてもらえないと、ミクの存在感が薄くなるような気がします。最初はパッケージのイラスト1枚のハリボテから始まったなかで、みんながいろんな妄想をしてくれて形作られたのがミクだと思うので。ひとりひとりが自分の推しのイメージを考えて、膨らませて、大事にする。その全部がミクだし、その中に一人DECO*27さんのミクもいる。