「石井恵梨子のライブハウス直送」Vol.1:えんぷていの音楽が呼び起こす郷愁 “ロックバンド”であることへの矜持

石井恵梨子のライブハウス直送 Vol.1

 もやもやした気持ちで曲作りを続けていれば、曲もそのようなトーンになるだろう。元来の性格がそこまで明るくないこともあったらしいが、最初はダークでしっとり、メランコリックなオリジナル確立の時間となった。そして赤塚がベーシストとして戻り、ドラムには神谷幸宏が加入。5人体制となり初めて東京で制作されたのが2ndアルバムの『TIME』だ。

 この作品はとにかく明るく抜けがいい。薄靄がかかっていたモノクロの景色に、突然初夏の風が吹き込み、鮮やかな色彩がついた、という感じの変化である。実際のライブでも新曲たちが強い。撮影OKのフロアで多くの人がスマホを掲げていたのは「秘密」や「琥珀」といった曲で、誰もが気持ちよさそうに体を揺らしている。トドメとなるのは後半に来る「あなたの全て」で、ストレートな言葉、外に向かってパーンと飛んでいく歌心の強さは、過去イチ伝わりやすいもの。J-POP的と言っていいかもしれない。


 ただし、無理やりフックを作ったとか、売れる感じの展開を狙った印象がまったくない。そこがいちばんよかった。過去の曲と同じく、タイムレスで懐かしい「いいもの」を丁寧に作り上げた。その根幹はまったく変わっていないと感じる。変化があるとすれば、コロナ禍が明けてマスクのない対面ライブが増えて、よりダイレクトに気持ちを交換できるようになった。その喜びをまっすぐ表現できるようになったこと。奥中のMCが今の心境を物語っていた。

「みなさんがまっすぐ受け取ってくれているのが伝わってくる。気持ちが跳ね返ってくるようで、嬉しいです」

 作品を聴く限り『QUIET FRIENDS』と『TIME』には大きな隔たりがある。ただ、両方の曲、さらに初期の曲も自然に混ぜたセットリストは、全曲がバンドにとって重要であることを伝えるものだった。「あなたの全て」は歌が強いが、続く初期曲「Sweet Child」はアウトロの歪んだギターソロが何より雄弁で、聴きやすいポップス志向と熱いバンド魂が5人の中で違和感なく並走しているのがわかる。さらにアンコールの新曲はなかなかファンキーな新境地。どれかひとつを取り上げて、これがえんぷていらしさ、と決めつけるのはまだ早すぎる。ようやくメンバーを揃えてバンドは走り出したばかりである。

「もちろん大衆に向かっていく意思もありますけど、僕らの目的って、“続けること”なんです。このバンドメンバーで、できればいい環境で、ちゃんといい音楽を、ただ自分たちが好きだと思うことを長く続けたいですね」

 えんぷてい、というバンド名はゆらゆら帝国『空洞です』とはっぴいえんどから取られている。しかし中身は空っぽどころではない。想像以上に強い芯が詰まっていそうなニューカマーである。

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