とた×ササノマリイ「Transpose」対談 “逃避行”をアレンジで表現した創作の裏側

とた×ササノマリイ対談

 ベッドルームポップを奏でるシンガーソングクリエイター、とたが2月22日にリリースした楽曲「Transpose」は、サウンドプロデュースにササノマリイを迎えた挑戦的な意欲作だ。とたがリスペクトする、エレクトロニカ寄りの音像に定評を持つ唯一無二のシンガーソングライター、ササノマリイ。たなかとIchika Nitoとともにバンド、Diosとしても活躍する平成~令和の音楽シーンに名を刻む重要人物である。

 「Transpose」では、とたが妄想した「逃避行」をテーマにナイーブな心情や葛藤、不穏な表情を、繊細かつ大胆な音の粒子によってサウンドメイク。キーボードの機能でもある“トランスポーズ=移調”を主題に重ね合わせ、夢と現実の狭間を揺蕩うドラマティックなナンバーへと仕上がった。

Transpose / とた - Transpose / Tota

 とたとアレンジメントを手がけたササノマリイによる貴重な対談は、ふたりの異才が創作へ向かうトリガーが垣間見えた瞬間である。まるで脳内を探るかのようなクリエイティビティに富んだ濃密なトークを堪能あれ。(ふくりゅう / 音楽コンシェルジュ)

“トランスポーズ”の機能は、私が日々の生活に求めているもの

とた×ササノマリイ(撮影=林将平)
とた、ササノマリイ

――タイトル「Transpose」が、楽曲のテーマを絶妙に言い表していておもしろいですね。

とた:楽曲全体が、DTMのキーボードに付いている機能、トランスポーズ(移調=楽曲全体を別のキーに変えること)をモチーフにしているんです。なおかつ、曲中で書きたかった「逃避行」というテーマが、トランスポーズみたいだと思ったので、このタイトルにしました。

――ミュージシャンならではのアイデアですね。

とた:普段の制作でもトランスポーズをよく使うんですよ。自分の中からアイデアが出ないなっていうときに、トランスポーズしてから作り直すと、いろんなことが変わったような気がして、新たなアイデアが出てくることもあって。使っている指は同じなのに、ちょっとした変化でまるで違うところへ行ったみたいな気がするんです。トランスポーズって不思議な機能だけどいいなって、ずっと思っていたんですよ。キーを変えるだけで、同じメロディでもまったく違う印象を受けません?

ササノマリイ(以下、ササノ):わかる。僕はC#のキーしか弾けない、トランスポーズに依存して曲を作っている人間なので。

とた:あと、生活しているなかで私が直面しやすい“逃げたい”という負の感情について歌いたいとも、ずっと思っていました。そのなかで、トランスポーズって機能は、私が日々の生活に求めているものだと感じたんです。自分が大切に想っている人だけを連れて、どこかへトランスポーズできたらいいのにって。とはいえ、単純に「Transpose」ってタイトルはカッコイイですよね(笑)。

――歌詞も、刺激的というか踏みこんでいますよね。

とた:“逃げたい”って、誰しもが抱きやすいわかりやすい感情のような気がして。みんなにもわかってもらえるような気がしたので、いつにも増してちょっと強い言葉を使ったりしています。

とた(撮影=林将平)

ササノマリイ(撮影=林将平)

――楽曲は、どのようにして出来上がっていったんですか?

とた:歌詞も曲も出来上がっている私の作ったデモがあって、それをリリースするにあたり「編曲をササノさんにやってほしい」と思ったんです。高校生のときから曲を聴いていて、スマホ越しに「すごいな」と思っていた憧れの人に編曲してもらえるなんて、こんなことがあっていいのかと。

ササノ:こちらこそです。デビューしたときに抱いていた「自分が作った音に影響を受けた人が、また音楽を作ってくれたらいいな」という思いが、こんなに早く叶ってしまうなんて。本当にありがたい話です。

――編曲にあたり、どんな会話をされましたか?

とた:最初に自分が作っていたデモがメロディも含めて、ゆったりとした印象だったので、もっとビート感がある粒が細かい感じにできたらいいなと思っていました。ササノさんのサウンドって粒立ちがめっちゃキレイだし、中音域がいっぱい詰まってるのに、聴こえてきたら気持ちいい音がちゃんと聴こえてくるんです。

ササノ:中音域ね。

――ポイントなんだ。

ササノ:とはいえ、デモをいただいた時点で、アレンジが出来上がっていたんですよ。現状の1番サビ終わりのカットアップは、ほぼとたさん。「これは、このままのほうがいいんじゃない?」と思ったので、細かい動きをちょっと足すくらいで活かしました。とはいえ、引き算の音楽が流行って、どんどんメインになってきているご時世で、僕の音を求めてくれたから「無責任にやってやろう! どれだけ飽和していようと好きな音を詰め込んでやろう!!」と決めました。

――かっこいいです。

ササノ:ははは(笑)。元の曲は横ノリがメインの優しい流れだったので、縦ノリを足して横にも縦にも乗れる感じにして、ちゃんと声が言葉として届きながらガッといけるように追求しました。また、いつもだったらラストに向かって盛り上げていくアレンジをするんですけど、あえて落としてしまう感じにして。もうちょっと盛り上げたほうがいいかなとも思ったんですけど、「この状態がいい」とおっしゃってくださったので、そのままの構成で詰めていきました。

とた:自分のなかになんとなく「ササノさんのこういう要素があったらな」というイメージはあったんですけど、想像以上に「Transpose」という曲の形がもっと濃くなったというか。ササノさんの編曲のおかげで、私のデモではぼやけていたものが濃く出てきて「これが“Transpose”だ!」って思いました。

とた×ササノマリイ(撮影=林将平)

――ちなみに、音作りで特にこだわられた箇所は?

ササノ:最初に入っているピアノのフレーズは、もともとデモに入っていたものをなぞって自分で弾き直しています。ド頭の〈まわりくどい呼吸を砕いて〉のところ、大好きなんですよね。

とた:嬉しい! 普段はサビから作ることもあるんですけど、この曲は頭から作ったので、褒めてもらえるのめっちゃ嬉しいです。

ササノ:そこのフレーズに一気に持っていかれる形にこだわっていて、何も考えず好きなように音楽を作っていた昔の自分のような作り方をした気がしますね。「ミックスの人が大変だろうな」とか考えずに。場面ごとにアレンジをコロコロと変えていくのも好きなので、「Transpose」というタイトルだからと、あえてぶった切ってパッとアレンジを変えたり。あと、〈手錠はついたまま/指切りをしよう〉のフレーズも好きなんだよな……。

――いいですよね。耳に残ります。

ササノ:せっかくアレンジするなら、言葉のパワーの強さゆえに聴けてしまう曲を、より聴き飽きない何回でも楽しめる曲にしたかったんです。曲の構成として目まぐるしすぎない形で、気持ちのいいドラマティックさを作れないかなって。ちなみに、曲の最後で僕が勝手に思い浮かべていたのは、ものすごくくすんだフィルムがかかった、淡い色の花畑なんだよね。

とた:めっちゃわかります! ササノさんは制作中にも「ここはこういうイメージで」って伝えてくださったんですけど、まさに私が作るときに思い描いていた景色だったので、同じものをずっと観てくれる感じがして感動しました。まさにそうなんです。

ササノ:やったあ~!

とた×ササノマリイ(撮影=林将平)

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