2024.04.02 18:00

とた×ササノマリイ「Transpose」対談　“逃避行”をアレンジで表現した創作の裏側

文・取材＝ふくりゅう、写真＝林将平

二人が目指した“ハッピーエンドで終わらない曲"

――ちなみに、後半キーとなるパートと言いますか、とたさんの歌声がボイスチェンジしていくインスピレーションは、どういったところから生まれたのでしょうか？

とた：トランスポーズした自分の声を使ってみたいとずっと思っていて。普段からハイパーポップ（ポップスを、マキシマリズムしたポップとアバンギャルドの感性を統合した音楽ジャンル）をけっこう聴くんですけど、ハイパーポップの曲ってボーカルにトランスポーズを使ってることが多いんですよね。その要素を自分の曲にも欲しいなと思っていたときに、ちょうど自分のなかでテーマとして出てきたから使えました。

――なるほどね。

とた：曲のなかで、大事な人だけを連れてトランスポーズしたいと願っていた主人公が、どこかに逃げられたのかどうなのかわからない感じにしたいと思って。あまり変わりきっていない、盛り上がりきらない、ハッピーエンドな感じがしないような転調の仕方にしたんです。逃げられたとして、そこが本当に求めている場所なのかわからないし、逃げた先で上手くいかないこともあるっていうのを、音でなんとなく伝わったらいいなって。

ササノ：バチバチに刺激を受けましたよね。それこそ、僕もハイパーポップをいろいろ聴きまくったうえで、声の要素はスルーしていたんですよ。音を波形化していじるときにも、基本的にはわかりやすく「いじりました！」ってならないように、ちょっと手間をかけて元の音の風味を維持するようにしているので「えっ、変えたままやるんだ」と思って。もらったデモの時点でフォルマント（周波数のピーク）が行き来していたので「フォルマントが変わっていく方向を維持しますか？」と聞いたら、「そのままの形で行きたいです」とおっしゃっていたので、すごいと思いましたね。自分の声を変えるなんて度胸がないとできないことなので、かっこいいなって。

――ものすごいインパクトでした。

とた：私もどこかでやりたいなってずっと思っていたものの、これまでの曲でやったことがなかったですし、自分のなかでもけっこうチャレンジでしたよ。人の曲をカバーするときも含めて、声にエフェクトをかけて遊ばせることをあまりしてこなかったから、私の曲を聴いてくれる人は私の声だから聴いてくれてるところもあるのかなって勝手に思っていて。でも今回は、「私がやりたいことをやるから、いったん聴いてみてね」みたいな気持ちでやらせてもらったんです。「聴き慣れないサウンドも新鮮味を感じてもらえたら」じゃないですけど（笑）。

ササノ：最後にトランスポーズして、ピッチが下がっている状態のまま終わる構成に、とたさんが言っていた「大団円じゃない終わり」が、デモの段階から見えていたから自分はこうアレンジしたんだなって改めて思いました。

とた：ハッピーエンドで終わらない曲を作ると「これでいいのか？」って思うときもあるんです。でも、悩んでいるときに「大丈夫だよ」って言われても「大丈夫じゃねえよ！」って思うじゃないですか。「大丈夫じゃないからこの曲を聴いていたのに、最後に大丈夫だよなんて適当なことを言いやがって！」って。もちろん、ハッピーエンドにしたくなっちゃう気持ちもあるんですけど、「Transpose」はハッピーエンドにしない方向で進められたのがよかったですね。

ササノ：だから、やりやすかったのかも。僕はハッピーエンドにしたくないというか、しない方向のほうが素で作れるから。とはいえ、その状態だとカタルシスもないまま固定の風景で終わっちゃうから、ちょっと意識的な落としどころを歌詞でもつけようとトライしたのが、このふたりの方向ですね。

とた：ちょうどよいところを持ち寄った感じがしますね。

――たしかに。ちなみに、歌はアレンジができてから、もう1度レコーディングをしたんですか？

とた：はい。デモには普通に仮歌は入っていて、アレンジが終わったあとにレコーディングし直しています。

ササノ：歌入れにボーカルディレクションの立ち位置で入らせていただきました。「ここをこう表現したい」と言ってくださったときに「こうすると、どうですかね」とサポートするくらいですけど。

とた：実演してくださりましたし、ボーカルディレクションもめちゃくちゃわかりやすかったです。〈幸せにできないならせめて／傷つけないでいよう〉のところは、下がっているメロディなのもあり、気持ちを乗せるのが難しくて。どういう表情で歌ったら自分のベストな歌い方になるんだろうと思っていたら、どういうニュアンスで歌ったらいいか説明して、実演もしてくださって、わかりやすすぎました。それが良すぎて、ササノさんにこの曲を歌ってほしいと思いましたもん。

ササノ：自分のことってわからないんですよね（苦笑）。自分がどう歌ったらいい感じになるのかって、まったく自分ではわからないんですよ。でも、人のいいところはわかるから。昔から「こう歌ったら、この人の声はこう響く！」って、人のいいところを活かすのは得意なんです。

――まさに、素晴らしいコラボレーションとなった楽曲ですね。おふたりのお話を伺うことで、脳内を垣間見れたというか楽曲への解像度が上がったような気がします。

とた＆ササノ：ありがとうございました！！！