森山直太朗、人間としての“初心”へ立ち帰る 100本越え20周年ツアーで迎えた変革の季節

森山直太朗、初心に立ち帰る

 森山直太朗が、ゆっくりとしかし確実に、変革の季節を迎えつつある。約一年半に渡り、追加公演含め101公演を行ったデビュー20周年記念ツアー『素晴らしい世界』は、「歌と共に生きる日常」という、彼の世界観に新たなテーマを投げかけた。新曲「ロマンティーク」(NHK総合/アニメ『オチビサン』主題歌)では、内田也哉子、ハナレグミ、OLAibiを迎え、美しく軽やかな音の世界で自由に遊ぶ新境地を拓いてみせた。

 3月16日には、ツアーの「番外篇」として、初めて両国国技館での単独公演にチャレンジする。変わりゆく季節の中で彼は何を見、何を感じ、何を信じて歌うのか。生涯フォークシンガーの最新語録、味わって聞こう。(宮本英夫)

安野モヨコ『オチビサン』から受けた新しい感覚

森山直太朗
森山直太朗

ーー2年前、『素晴らしい世界』のアルバムを出した時に、「やっとスタートラインに立った気がする」とおっしゃっていたのを思い出します。1年半ちかくかけてツアーをまわってきて、あらためて思うことはありますか。ここから何かが始まる感覚というか。

森山直太朗(以下、森山):ツアーが終わって思うのは、まず追加公演含め101本無傷でやり切れたということで、個人的にもチームとしてもそうですが、一人も脱落者を出すことなく、延期もなくやれたのが、すごく意味のあることだったなと思っています。それが自分たちの共有財産になるし、これからは、そこに実感を持ちつつ、あぐらをかかず、次のステージで何を作っていけるか? ですね。それと、今までとちょっと違うなと思ったのは、コンサートツアーがより身近になったということで、今までは一つの公演を打つこと、一つのツアーを行うことについて、舞台的だったんですね、僕のとらえかたが。

ーー舞台的、ですか。

森山:お芝居は1カ月の公演のために1カ月稽古して、同じ小屋で1公演ずつ積み重ねていくじゃないですか。僕はツアー1本1本を、そういう面持ちでやっていたから、濃密だったんですよね。でも今回は、100本やることが大前提の中で、より生活に根付いたものとして、生活の延長に音楽があって、一つの公演の向こうにまた日常が戻ってくるみたいな、そういうマインドでやることができたと思っていて。たとえば、さだまさしさんとか、うちの母(森山良子)もそうかもしれないけど、ツアーが終わったら1カ月後にまた次のツアーが始まる。しかも、基本的にはギターと楽器を持って行ってその町のホールでやるという、すごくシンプルな舞台の作り方をしているんですね。僕の舞台はこれまで、美術や演出の部分でかなり盛り込んで作り込んできたので、よりソリッドな引き算の手法で舞台を構築していくノウハウを今回得られた気がします。シアトリカルなライブはこれからもやっていくつもりだけれど、この軽やかさで、これからもライブ活動をやっていけたらいいなということを、今回の101本のツアーであらためて感じました。ライブって、自分にとってすごく異空間というか、非日常的な行為だったんだけど、お客さんにとってはもちろんそうであるべきだけど、「僕にとっては日常の一部であるべきだよな」という感覚にさせられた、ということですね。

ーーそれは大きな変化ですね。ここから20年、30年行けるモードを手に入れたような。

森山:ああ、そうですね。誰かに言われたんだけど、誰だっけ……そうだ、バナナマンの設楽(統)さんが、ツアーを観に来てくれたんですよ。で、「直太朗くんは、一生自分で貫けるスタイルを手に入れたね」と言ってくれて。設楽さんはいつも、LINEのやりとりでも、そんなに感情的な話とかはしないんだけど、ライブを観た率直な感想としてそう言ってもらえたのがすごく嬉しくて、そういうふうに感じてもらえて良かったなと。

ーー伝わったんでしょうね。直太朗さんの、ステージ上での心持ちの変化が。そして、そのツアーの「番外篇」として開催されるのが、102本目の3月16日の両国国技館公演。これはツアーとは、内容的に違うものですか。

森山:まったく違うことをやってみようかなと思っています。一つのきっかけとしては、ツアーの中で、熊本県の八千代座という、100年以上続く芝居小屋でやらせてもらったんですけど、そこがすごく心地よかったんですね。「あれ? 今って令和?」というような感覚で、お客さんとも「どこかで会いましたよね?」みたいな感覚になって、とても不思議な体験だったんですよ。シアトリカルな空間にすごく惹かれる感覚があって、その経験から、両国国技館を芝居小屋に見立てて、センターステージにしてみたらどうだろう? と。音楽の面白いところとして、いわゆる時間を売る商売というか、非日常を提供するというところで言うと、僕の場合は非日常というよりも、「今、何時代だっけ?」みたいな、時空の歪みみたいなものが表現できたら、森山直太朗が両国国技館でやる意味はあるなと思っています。

ーー楽しみにしています。では、1月31日にリリースされる新曲の話をしましょう。NHK総合で放送されているアニメ『オチビサン』(原作:安野モヨコ)主題歌の「ロマンティーク」、本当に素敵な曲で、ジャンルで言うとアンビエントR&Bというか、直太朗さんからこういう曲が出てくるのがとても新鮮でしたし、作詞と声で内田也哉子、ギターとコーラスでハナレグミの永積タカシ、パーカッションにOLAibiというメンバーも非常に面白い組み合わせで。アートワークも含めて、一つの宇宙だなと感じました。

森山:たぶん僕のイメージでオファーされているから、「こういうイメージじゃなかったんだろうな」とか、今になっては思うんですけど。このお話をいただいて、安野モヨコさんの作る作品の、ファンタジックでどこかノスタルジックな世界観を見た時に、これを僕一人で完結するという絵がまったく見えなかったんですね。「ちょっと雰囲気のあるバラードを歌ってる俺」みたいな、そういうものを求められているんだろうなとどこかで思いつつ、自分の気持ちがそっちに向かなくて。スタッフの方に「日本語の美しさや、四季折々の季節感みたいなものを」と言われて、「なるほど」と思って、受けたのは良かったんだけど、やっぱり自分一人で完結する絵が見えなかった。

森山直太朗「ロマンティーク」ミュージックビデオ

ーーそれは、なぜだったんでしょう。

森山:たぶんモヨコさんの持っている女性性とか、少女感みたいなものを、僕が音楽的に表現しようとすると、違うものになってしまうなと思ったんですね。その時、パッと内田也哉子さんの顔が浮かんで、彼女が詞を書いてくれて、自分は曲を作って歌うことに特化すれば「面白いものができそうだな」と思って、恐る恐る彼女にオファーしてみたところ、「いいですよ」と。也哉子さんを交えた打ち合わせでは、日本の季節感とか、日本語の美しさみたいなテーマを話し合ったんですけど、その後、ほとんどこれ(完成形)と同じ形の、散文みたいな詞が也哉子さんから届いたんですね。もともと、『オチビサン』という作品の中にある、古き懐かしき、親しみ深い町並みの景色みたいなものがあって、それはとても温かい世界で、一読者としては新しい感覚に触れる機会にもなったので、彼女から届いた散文に驚きました。

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